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愛なんか、知らない。 第3章②ミニチュアの祭典

 興奮度マックスになった私は、次々とブースを見て回った。
 伝統工芸の小さな家具を売ってる職人さんもいれば、ステンドグラスのミニチュアランプを専門に作ってる作家さんもいる。ミニチュアフードをたくさん作って売っている人もいれば、ミニチュアの盆栽や鉢植えを作っている人もいる。
 和菓子屋さんのミニチュアハウス、ブティックのミニチュアハウス、オシャレな洋風アパートのミニチュアハウス。
 もうもう、鼻血が出そうなぐらいに興奮して、私はミニチュアの前からしばらく動けなかった。写真を何枚も撮らせてもらった。
 すごい、すごい、すごい。
 こんなにも、いろんなミニチュアがあるんだ。世界は広いなあ。

 いろんな人の作品を見ているうちに、あることに気づいた。
 人気があって、お客さんが殺到してる作家さんもいれば、全然お客さんが来てない作家さんもいる。
 お客さんが来ない作家さんの作品は、私が見ても、イマイチって感じ。なんか、色合いとかデザインとかが、垢ぬけてないって言うのかな。残念ながら、「買いたい」とは思えない。
 人気のある作家さんの作品は、どれもキレイ、かわいい。完成度が高くて、「すごい!」って感動する力があるっていうか。センスがあるってことなのかな。
 センス。センスって、どうやって磨くんだろう。うーん。生まれつきのものなのかな?

 そんなことを考えながら、あるブースで足を止めた。
 ヨーロッパにありそうな花屋さんのミニチュアハウスが展示してある。
 まるで絵ハガキに出て来そうな、緑の壁に白い屋根のオシャレな花屋さん。銀のバケツに活けられている小さな小さな花に、私は「かわい~」と感嘆の声を上げた。
 バラ、ガーベラ、あじさい、チューリップ、カラー、カスミソウ。色とりどりの花がブーケになる瞬間を待っている。木製のレジの後ろにはラッピング用のペーパーやリボンも、ちゃんと飾ってある。天井から鳥かごを吊るしてるのも、センスのよさを感じる。
 ああ。この作品を愛おしく想って作ってるのが分かるなあ。
 きっと、毎日毎日、丁寧に丁寧に作ってるんだ。こんな、ミリ単位のお花を作るのに、どれだけ時間がかかるんだろ。

 うっとりと眺めていると、女性のミニチュア作家さんから「学生さんですか?」と聞かれた。
「ハ、ハイ、高校生です」
「そうなの。ご自分でもミニチュアを作ってるの?」
 ミニチュア作家さんはスマホのカバーにつけてるミニチュアのカップケーキを指した。
「そ、そそうなんです。お弁当屋さんとかケーキ屋さんのミニチュアハウスとか、作ってます」
「そうなの。ミニチュアを作るのは楽しい?」
「ハ、ハイ、とっても! あの、このお花屋さん、作るのにどれぐらいの時間がかかったんですか?」
「お店自体は2、3か月かな。お花は全部そろえるのに2年ぐらいかかったかも」
「2年!? そんなにかかるんですか?」
「1本ずつ作ってると、それぐらいかかっちゃうのね」
「はああ~、すごすぎです」

 そのミニチュア作家さんは小さなリースやブーケもミニチュアで作って売っている。値段は高いけど、勉強のために思いきって多肉植物のリースを買った。
「この多肉植物は樹脂粘土ですか?」
「そう。葉っぱを一枚一枚作ってから、一枚ずつ貼っていくの」
「ほわ~。この色とか質感とか、ホンモノみたいです」
「ありがとう。ここまでできるようになるまで、何度も失敗したんだけどね。何とか多肉っぽく作れるようになった感じ」
 はああ。私もいつか、こんな素敵なミニチュアを作れますように。

 お会計を済ませた時、入り口で歓声が上がった。
「圭君!」
「圭さま~!」
 大勢の女性が入り口に殺到して、興奮している。そこから一人の男性が姿を現した。
「ハーイ、みんな、お待たせ~」
 圭君と呼ばれているその男性は、アイドルのようなイケメンだ。目鼻立ちがキレイに整ってて、ゆるくカールした髪が素敵で、男性だけど「かわいい」という言葉がピッタリな感じ。淡いグリーンのセーターにジーンズがよく似合ってる。
 今までの人生で、こんなにカッコいい人を間近で見たことはない。

「圭君、カッコいい~!」
「こっちむいて~!」
 まわりの女性は、キャーキャー言いながらスマホを向けている。他のブースにいた女性客も、走って人垣に混じる。
「皆さん、落ち着いてください。望月さんはブースに移動されます」
 スタッフさんが女性から庇うように周りを囲んでいる。
 一体、何の騒ぎ???

「君は圭君が目当てじゃないの?」
 そばにいたおじさんから声をかけられた。
 そのおじさんはミニチュアのキッチングッズを専門に作っているみたい。
「圭君?」
 首を傾げると、
「なんだ、知らないんだ、珍しい。望月圭君は、ミニチュア王子って呼ばれてて、今、女の子に大人気なんだよ。ミーチューブで顔を出しながら作品を作ってる動画がウケて、ミニチュアと一緒に写ってる写真集を出したらベストセラーになって。今は教育テレビでミニチュアをつくる番組にも出てるんだ。この間、鉄子の部屋にも出てたよ」
 と、おじさんが教えてくれた。
「へえ~、そういう人がいるんですね」

 その望月圭さんのブースは、あっという間に女性に取り囲まれた。
「ハイ、整理券番号20番までの方、ここでお並びください。写真は一人2枚までです」
 スタッフさんが声をかけている。
 望月さんは一人一人の女の子と写真撮影をして、握手をしている。その間もずっと笑顔を絶やさず、握手すると、女の子は飛び上がって喜んでる。ホントにアイドルみたい。
 望月さんがどんなミニチュアを作るのか気になるけど、しばらく近寄れなさそう。
 それまで、キッチングッズ専門のおじさんの作品を見ることにした。

 レストランの厨房をミニチュアハウスで再現していて、いきなり目を奪われる。
 わっ、オーブンと食洗器と、あれ、揚げ物を作る機械? よくテレビでレストランのキッチンを映してる時に出てくるよね。わわ、シンクの生ゴミまである……。
 やかん、鍋、フライパンだけじゃなくて、プロの料理人が使う道具もたくさんあるっ。あの大きな鍋、寸胴って言うんだっけ? あれ、銅でできてるのかな。うわっ、包丁、小さっ。しかも、いろんな包丁が包丁立てに刺さってるし。あれはパンを切るときに使う包丁だっけ? フライ返しもトングも泡だて器もある。まな板で野菜を切ってる最中なのもいいなあ。わっ、秤もあるっ。バットも。調味料入れも。あのザル、海外のキッチングッズっぽくて、かわいいなあ。このミニチュアハウス、
「一日中見てても飽きないなあ」
 つい口に出してつぶやいてしまった。

「そう言ってもらえると嬉しいね。ありがとう」
 おじさんはパアッと明るい顔になった。
「この炊飯器は、蓋を開けられるんだよ。ホラ」
「えっ、中にご飯が入ってる!」
「釜も取り出せるんだよ。コンセントもついてて、芸細でしょ? これはうちの人気商品。こっちのトースターは扉が開くんだよ」
「このトースター、外国のっぽくてかわいいです! デザインも色もかわいい~」
「でしょ? このミキサーはどう?」
「ミキサー‼ これ、ケーキ屋さんが使ってるミキサーですよね?」
「そうそう。ほら、泡だてる部分を上下できるようになってるんだよ」
「すごすぎるっ。すごすぎますっ!」
 私は興奮して息が荒くなって、すっかり不審人物だ。

「これ、素材は何なんですか?」
「うちはステンレスや銅、鉄や真鍮で作ってるんだ。本物の調理道具と同じ。うちはもともと金属加工の工場をやってて、ミニチュアを作ってみたら大評判になって、今はほとんどミニチュアづくり」
「はああ~、そうなんですね」
「ミニチュア作るの好きなの?」
「ハイ、私は樹脂粘土で作ってます」
「うちの妻と同じだね。その影響で、娘も10歳になる孫も粘土でミニチュアフードとか作ってるよ」
「えええ~、素敵ですね」

 ミニチュアを作る一家。いいなあ。みんなでワイワイと作れたら、楽しいんだろうな。
 私は、お母さんやお父さんがミニチュアを作る姿を想像してみた。
 うーん。お父さんはハマりそうだけど、お母さんは「こんな面倒なこと、やってらんない」ってすぐに投げ出しそうだな。
 きっと、一生、実現できない光景。私には手に入れられない時間。

 私は悩みに悩んで、ピンクの炊飯器を買うことにした。学校に持って行ってみんなに見せたら、「かわい~、なにこれ~」って大騒ぎしそう。
「うちはワークショップもやってるから、よかったら作りに来て。SNSで告知するから」
 工房のチラシをもらって、私はホクホクしながらその場を離れた。
 楽しい。いろんなミニチュアを見られるだけじゃなくて、ミニチュア作家さんと話せるのって、ちょ~、ちょ~楽しい!!

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