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愛なんか、知らない。 第2章⑨夕暮れの教室で

「そうなんだ、た、大変だね」
「で、私たち4人じゃ無理だから、後藤さん、こっちも手伝ってくれないかな」
「えっ。それって、教えるだけじゃなくて」
「うん。うちらと一緒に作ってほしいの。こっちの班は、かなり進んでるでしょ?」

「それはちょっと、葵ちゃんが大変すぎると思う。こっちでも教えながら作ってるから、うちらも葵ちゃんがいてくれないと困るし」
「じゃあ、一週間だけでもいいから。一緒に作ってくれない?」
 明日花ちゃんが待ったをかけても、凛子さんは引かない。
「ええと……」
 どうしよう。でも、他の班からも教えて欲しいって言われてるし、2つの班のかけもちは……。

「本人に言ったの?」
 低い声がした。みんなで声の主を見る。
 優さんは豆本を作りながら、「児玉さんたちに一緒に作ってほしいって言ったの?」とつぶやくように言う。
「そう言っても、実行委員会があるからって言われて」
「なら、委員会が終わってから作ってほしいとか、朝一緒に作ろうとか言えばいいじゃない」
 凛子さんはムッとした顔になった。

「そうだよ。まずは児玉さんたちと話し合うべきなんじゃない? 葵ちゃんに頼む前に」
 明日花ちゃんも賛同する。
「それができるなら、してるって。二人とも、人の話を聞く気ないんだもん」
「ねえ。ミニチュアの相談しようとしても、『任せたから、好きなもの作って』とか言うし」
「先生に相談したら?」
「だって、岩田ちゃんはさあ」
「ねえ」
「結局、何もしてないんだ。人には簡単に頼むクセに」
 優さんは平然とキツい一言を言う。凛子さんの顔がみるみるひきつっていく。

「あ~、えーと、ケーキ屋さんを簡単にすればいいんじゃないかな」
 私は思わず立ち上がる。
「今、一軒家をつくろうとしてるでしょ? それだとさすがに間に合わないから、店内だけを作るとか」
「どういうこと?」
 私はスケッチブックにささっとラフを書いた。

「こんな感じで、壁を二面だけにして、ショーケースを作れば、それだけでケーキ屋さんって感じになると思う。壁は花柄とか好きな壁紙を貼ればいいし、ショーケースが間に合わなかったら棚とかワゴンを作るだけでも、ケーキ屋さんぽくなるっていうか」
「なるほど~。これなら、すぐにできそう」

「ケーキはどれぐらいできてるんだっけ」
 お菓子の型は、私が普段使っているのを持って来て貸してあげたんだ。
 4人は気まずそうな顔をする。
「うーん。イチゴタルトとマドレーヌとショートケーキが20個ずつぐらいかな」
「えっ。10種類を100個ずつ作って売るんじゃなかったっけ?」
「まあ、そうなんだけど」
「4人でやるのは大変だと思うけど、ちょっと少なすぎない?」
 明日花ちゃんが呆れている。

「そうだけど、ねえ」
「4人だと、なかなか」
「いつもおしゃべりしてばっかで、あんまり手を動かしてないじゃん。自業自得でしょ」
 優さんがトドメを刺すような一言を投げつける。
 私は、優さんが他の班の様子をちゃんと観察してることに内心驚いていた。私なんて、作ってる時は他の班のことまで考えられないのに。

「もうそっちをやめて、こっちに合流する?」
 明日花ちゃんの提案に、凛子さんは首を振る。
「それはできないよ。だって、こっちの班のは売り物にしないんでしょ? うちの班のミニチュアを売って今回かかったお金を回収しようって話なんだから、やめられないでしょ」
「うちの班のお弁当もあるから、大丈夫だよ~」
 隣の班が援護してくれる。
「うちらのお弁当は順調にできてるから、これを売るだけでお金を回収できるんじゃない?」
 凛子さんたちはそれでも、「そんなの児玉さんが許さないよ」と難色を示す。

「じゃあ、私が10個ずつ作ればいいかな?」
 私の提案に、凛子さんたちは目を輝かせる。
「それぐらいなら、家で作って来られるけど」
「ホントに? 助かる~」
「10個ずつでも十分だよ」

「え~、ずるーい。後藤さんに作ってもらえるなんて」
「うちのお弁当も作ってほしーい」
「後藤さん、こっちの班のも作って~」
「えええええっ。そ、それは、ちょっと」
 みんなからお願いされて、私は軽いパニックになる。

「ダメダメ! 葵ちゃんは、うちの班の専属なんだから」
 明日花ちゃんが私をフワッと抱きしめた。友達にそんなことしてもらったの初めてだから、ドキッとする。
「葵ちゃん、あんまり引き受けすぎたら大変だよ?」
「ありがとう。10個ずつぐらいなら、何とかなるよ」
「そう?」
 みんなから頼りにされて、心配されて。
 なんか、嬉しい。嬉しい。今の自分なら、何でもできる気がする。

 その日の作業が終わって、美術室に借りていた道具を返しに行って教室に戻ると、優さんがいた。
 優さんは自分で買ったカッターマットとデザインカッターを使って、豆本を作っていた。
「まだ帰らないの?」
「うん」
 優さんは手元から目を離さない。頭の上からのぞくと、英語の教科書を作っていた。

「優さんは英語が好きなの?」
「うん、まあ」
「そうなんだ。英語の成績も一番だしね。私は、英語は苦手で」
「……そういうの、いいから」
「え?」
「気を使って話さなくていいから」
 その一言に、私は次の言葉を飲みこむ。

「いつも、やたらと気を使って私に話しかけてくれるけど、そういうの、いいから」
「べべ別に、気を使ってるわけじゃ」
 優さんは私をチラリとも見ないで、表紙を慎重に本体に貼りつけている。

「後さ、人との衝突を避けて、自分ばっかいい子ちゃんになろうとしてるけど、そういうの損するだけだよ。みんなからいいように利用されるだけ」
「えっ……」
「みんなからチヤホヤされても、あんまり信用しないほうがいいよ」
 私は優さんの言葉に何も答えられなかった。
「ミニチュアのリーダーも、イヤなら断ればよかったのに。なんか、見ててイライラするって言うか」

 優さんの表情はまったく変わらない。私を見ることもなく、豆本の表紙を本体と接着するために黒クリップで挟んでいる。まるで、空気に向かって話しかけてるみたい。
 何で? 何でそんなことを言うの? 私、優さんを攻撃するようなこと、何か言った?
 何か言い返したくても、適当な言葉が出てこない。

 思わずヘラッと笑って、「そっかあ」と言ってしまった。言ったとたん、激しい自己嫌悪に襲われる。
 優さんはそれ以上、何も言わなかった。
 私はいたたまれなくなって、カバンをつかむと逃げるように教室を飛び出した。

 何、あれ。何、あれ。
 階段を駆け下りる。
 ひどい、ひどいよ。あんなトゲトゲした言葉を言われるようなこと、私、何かした? せっかく、話しかけてあげたのに。気にかけてあげたのに。

 ふと、踊り場で足を止める。
 話しかけてあげた? 気にかけてあげた?
 優さんの、何もかも見透かすようなまなざし。
 私、私……いつの間にか、優さんを下に見てた? みんなと仲良くなってから、一人で行動してる優さんに対して、優越感を抱いてた? いつから? ……きっと、班に誘った時から、だ。
 優さんは、そんな私の気持ちに気づいてたんだ、きっと。最初から。私のお世辞も、愛想笑いも、分かってた。
 怒りでいっぱいになっていた気分が一気にしぼんで、思わず踊り場にしゃがみこんだ。

 私、いい気になってた。みんなから「教えて」「作って」って頼られるようになって、私の取り合いみたいになって、いい気になってた。
 今日も、「何とかなるよ」なんて、偉そうなこと言っちゃって。「チヤホヤされても信用しないほうがいい」って、その通りだ。いいように利用されてるのも、その通りだ。
 あの、凛子さんたちの表情……。それなのに自分から作るって言っちゃって。恥ずかしい。情けない。
「私、何してんだろ……」
 踊り場に差し込んでいる西日が、私の影を床につくっている。黒く、間延びした影。

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