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魂の配役と愛の深さ

少し前のお話ですが、

友人がきっかけをくれ、以前自空力コンサルタントの奥桂子 先生が、facebook上でシェアして下さった、

ケシーさんのこの記事を、改めて読み返す流れとなりました。

https://caseyka.jp/2019/02/10/5302/

ということは、その時の私に、そのタイミングで、改めてまた、必要だったということでしょう。 

「なぜあなたが愛されたいと 

  強く願うあの人にこそ 

  あなたを傷つけさせたのか」

初めて読んだその時も、魂が震えた一文を、改めて読み返し、
魂の配役、その想像を絶する素晴らしさに(だからこそ、ある意味何よりも残酷でもある)で、胸がいっぱいになりました。


因みに、今の私が傷ついているわけではありません^ - ^
過去に強く傷ついたことの意味に、改めて私自身が寄り添って、さらに深く思い返した、ということです。


凶悪な犯罪の被害に遭われた当事者などからすると、もちろんそうそう受け入れられるものでもなく、もちろん私の想像力程度では寄り添いきれるものではないことも、分かっています。


それでも、想像も及ばないほどの深い意味を、何層にも重ねた魂の配役、

それこそ、通常の人間の意識の範疇には収まり切られない、

その崇高な使命と設定、紡がれるご縁の意味が、
そこかしこに散りばめられている、

ということを思うにつれ、

ご縁とご恩を、すべての存在に対しての敬意とともに、強く感じずには、いられません。


みながみな、他でもない、唯一の、

かけがえのない「片割れ」を、真摯に、精一杯に演じてくれている。

そして、その中でも、
真に愛した「あなた」にしか、本当の意味で、「私」を傷つけることは、決してできない、

という、なんと幸福で、なんと残酷な真実。


深く、深く傷ついたのは、
本当に、深く誰かを愛したから。

傷つき、傷つけられ、最悪に誰かを傷つけることもある。
その全てが、
喜び、分かち合い、最上の幸福も絶望も、何もかもが、あますことなく、必要不可欠で、


まるで、パズルのピースが一瞬でパチパチとはまっていくかのように、それぞれがかけがえのない役割を持って、きっと、1つの壮大な絵を描いているのでしょう。

生きることは、そして誰かを、何かを愛することは、
本当に、なんて深く、残酷で、かけがえのない、素晴らしいことなのか…


たった41年の、まだまだ浅い気持ちかも、しれないけれども、今の私なりに、その真実の深さを、受け止めています。


「あなた」が生まれてきてくれて、本当に良かった。
そして、「私」がちゃんと生まれてこられて、本当に良かった。
改めて今、私は自分の人生に、百点満点を送りたいと思います◎^ - ^

今深く傷ついているあなたは、
誰かを深く愛したことの、何よりの証拠なのだということ。

愛ある人生を、送りたい。

ただただ素直に、そう思います。


必要な方に、届きますように。

ぜひこちらのアドレス↓から、元記事のケシーさんのブログをご覧くださいませ^ - ^
https://caseyka.jp/2019/02/10/5302/

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