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朝ご飯

◇読了時間目安:約2分(1250字)◇

 彼の表情は、朝の穏やかな食卓には不似合いなほど鬼気迫っていた。ピシっとYシャツを着て、背筋を伸ばして座っている。しかし、髪の毛は寝癖がついており、どこかアンバランスな感じもいなめない。

「ふぅ」

ひとつ深呼吸をし、両手を合わせこう言った。

「いただきます」

 ぱっと目を開いた彼はまず蛇紋木の箸とお椀を手に取り、お椀の中の具を箸で止め、まずは汁のみをすすった。熱かったのだろう。彼の顔は大きく歪んだが、彼は再度お椀に口を近づけ、「ふーふー」と汁に息をふきかけ、汁をすする。大きな猫のような目が限りなく細くなる。

「あぁ」

ひとつうなり声をあげた。

 それから彼はお椀を置き、お茶碗を手にとり、よそわれた白米を一口頬張った。こちらも熱かったのだろう。顔を歪ませ、口をとがらせながら米を冷まし、やがて噛み締めた。数回噛んだらすぐに飲み込んでしまった。

これだからいつも食べるのが早いのだ。

 そしてお茶碗を置き、またお味噌汁を一口。そしてまた米をすくい、口の中に放り込んだ。口の中で猫まんまを作ったのだ。

 次に醤油さしを手に取り、卵焼きの横に盛られた大根おろしに数滴垂らす。卵焼きがのったお皿は藍色の焼き物皿で、100均で購入したが、なかなか気に入っている。元は焼き魚用にと買ったが、今では毎日卵焼きをのせている。

 卵を箸で一口サイズに分け、醤油を垂らした大根おろしを乗せ、一気に口の中に放り込む。

「あふあふっ」

彼は一瞬天を仰いだが、右手を口の前にやりながら俯いた。どうやら卵焼きを口の中で冷まそうとしているようだ。しかし卵焼きはなかなか冷めてくれないのか、しばらく「はふはふ」言いながら俯いている。

うむ。頭頂部に淋しんぼの気配はない。

 やっと手を離し、正面を向いたかと思うと、またすぐに卵焼きを箸でひとくちサイズに切り、大根おろしをのせ、今度はそれを白米の上に乗せた。卵焼きが白米の上で『はたり』と倒れ、真っ白な白米の上に醤油のかかった大根おろしが不時着した。

彼はそんな光景に目も暮れず、小皿にのったお新香を1枚そのまま口に放り込んだ。

『バリッバリッバリッ』と威勢のいい音が響く。

そして大根おろしが不時着したご飯をひとくち、ふたくち、みくちとかき込み、さらに卵焼きも合わせて口の中に押し込んだ。両の頬はパンパンになっている。うまく飲み込めるのだろうか。

しかし、あっという間に彼の頬は元通りになった。それからお椀を手に取り、わかめと豆腐を一緒に口の中に入れ、さらに汁をすすった。

「あぁ」

昔から汁物が大好きだ。そしてやはり昔から食べるのが早い。寝起きは悪い。でも、毎日一生懸命働いている。私たち家族のために。だから私も毎日ご飯をつくる。

「ごちそうさまでした」

彼はそう言って両手を合わせた。

「おいしかったです。ありがとう」

額にはうっすらと汗がにじんでいる。朝とはいえ、すでに気温は高い。夏はそこまで来ているのだ。

「どういたしまして」

お腹をなでながら私はそう答えた。


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