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「百万人の大合唱」

また、とりとめのない投稿をいたします。

「ワンステップフェスティバル」ってご存じですか?

1974年の8月に福島県郡山市で行われた音楽フェスティバルです。日本からはキャロル、センチメンタル・シティ・ロマンスにクリエイションや加納秀人(外道)、サディスティック・ミカ・バンド、沢田研二、サンハウス、四人囃子…等々といったバンドが出演し、海外からはクリス・クリストファーソンとリタ・クーリッジ、オノ・ヨーコなんかが来日して、当時は、もの凄いイベントが行われたのですね。現在の野外フェスの先駆けですね。

当時、僕は高校生で、なんと17歳でした。現在の“デブ毛薄”な現在の姿からはイメージできません(笑)。

当時、高校では担任教師から「開成山公園(郡山の大きな公園)でワンステップフェスティバルっつう催しがあるから、絶対に近づいちゃダメばい(明治期に九州から開拓民が入植したので九州っぽい方言があります。郡山市独特のものです)」と言われてワンステップ戒厳令が敷かれました。本当です。

当時の郡山市は、音楽活動が盛んで「東北のウイーン」と呼ばれていました。ウイーンですよ、よく考えなきゃ意味がわからないでしょ? ウイーンは音楽の都ですから、それにあやかったんでしょうが…ねぇ。

でもね、東北のウイーン以前には何て呼ばれてたと思います? 

僕が生まれた頃の昭和30年代にビューンっと遡ってみると、街中には暴力団が跋扈しており、「東北のシカゴ」と呼ばれていたんです。東北のシカゴですよ、笑えますね? 本物のシカゴは、アル・カポネにエリオット・ネス…アンタッチャブルですよ。日本人はそんなにかっこよくないですよね。

郡山市は東北の玄関口であり、磐越西線と磐越東線で、日本海から太平洋を貫いているので、まあ、今で言えば“ハブ都市”ですから、交通の要衝なわけですよ。だから街も自然に栄えちゃう。おまけに日本は経済成長の時代でしたしね。金の匂いがする所には暴力団が居着いちゃうんですね。自然の成り行きだったわけです。

では、何故、東北のシカゴから東北のウイーンに変貌できたのか? ま、いろいろとあるんでしょうが…実は、その経緯が映画化されているんです。僕が中学生の頃(この時は14歳、美少年だったんですよw)に公開された「百万人の大合唱」という作品です。当時は珍しい全編オールロケの映画なんです。僕も中学校で強制的に観せられましたが、内容に関して記憶が薄いんです。観たいなぁと思って、この「百万人の大合唱」をネットで調べると、14年も前の2006年に郡山西ロータリークラブさんの記念事業としてDVDが発売されているんですね。すぐにAmazonで購入しようと思いましたが、売り切れでした。残念。そこで、直接、郡山西ロータリークラブさんに連絡すると「在庫があります」とのこと。すぐに送っていただきました。

早速、映画を観ると、見覚えのある懐かしい郡山市の街並みが映し出され、ちょっとだけ涙が出ました。

映画の概要は以下のようなものです。

冒頭、郡山市民会館で、新田司(若林豪)や渡部昭子(酒井和歌子)らによる市民音楽グループによる吉田たくろう(役名ですが、本物の吉田拓郎さんが出演して、今日までそして明日からを歌います)コンサートが行われます。ところがお客さんが少ないのです。ショバ代を払わずに勝手に開催したことで、入り口で暴力団が妨害をしていたんですね。それに意見した新田司が殴り飛ばされてしまいます。新田を殴ったのは橋本組の清岡三郎(草野大悟)でした。

暴力団に支配された街で、音楽イベントを行うことの難しさを嘆いた豪さんは、東京に出張中に池袋の駅前で行われていた山本直純さん指揮による都民参加コンサートを観た主人公は、「これだ!」と膝を打ち、また暴力団を無視して市民たちによる合唱コンサートを開催しようと計画しますが、橋本組の清岡は、チンピラの太田圭介(峰岸徹)を使って妨害をするのです。

太田は実は音楽好きな若者で、世を拗ねて暴力団の小間使いのようなことをしていました。清岡はそんな太田を利用していたのです。

説得にやって来た昭子を乱暴しようとした圭介は、商店街の人々に追いかけられて塀から落下して死んでしまいます。結局、暴力によって死んでしまった圭介を憂いた昭子は「音楽で暴力を変えられない」と市民グループを抜けてしまいます。それを機に他のメンバーたちもグループを抜け、新田はひとりになってしまいます。

それでも活動を続けようとする新田の行動に共感した新聞記者の茂山(三上真一郎)が、新田の音楽イベント活動を新聞で取り上げるのです。さらに、全市民をあげて暴力に立ち向かうべきだと「暴力追放キャンペーン」を行ないます。街のあちこちの職場や工場から市民らの歌うコーラスが聞こえるようになります。

しかし、郡山進出を狙う東京の暴力団・一心会と橋本組の抗争で市民が犠牲になってしまいます。「音楽イベントなんて企画するからだ」と責められる新田…。しかし、新田の活動に注目した市議会は、市をあげてのイベントとして後援することになり、さらに市は暴力追放を宣言します。

そして遂に市民合唱イベントが開催されますが…。

酒井和歌子さん…若大将シリーズも可愛かったけれど、こちらも可愛い。脇を峰岸徹(当時は隆之介という芸名でした)、ドラマ「傷だらけの天使」や映画「血を吸う薔薇」の岸田森さん、名脇役の大阪史郎さんらが固めて、当時の郡山市民の方々も多数エキストラ出演しています。

作品に関しては、峰岸徹さんが演ずる太田の善良さを深掘りしてほしかったと思います。物語の中盤で、酒井さんに乱暴しようとして、市民に石をぶつけられて塀から落下して死亡してしまうのは、もの凄く残念というか不思議な展開ですが、当時はこういう「何で?」という展開の映画やドラマが多かったように思います。時代ですね。

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