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土方と亀姫 参

「ふふふ、情けないのう。そなたらは京での戦いに負け、江戸に逃げ帰ったと思うや、甲州でも負けた。近藤を見殺しにし、その後も負け続け、この会津でも負け戦か。ほんに情けないのう」
土方は落ち着いていた。もしかすると猪苗代城の高橋権大夫の姫君かもしれないからだ。高橋は会津藩士で猪苗代城代をつとめていた。
「これは手厳しい。確かに負け戦続きで誠に情けのうござる。して、失礼とは思いまするが、高橋権大夫様の娘御でござるか?」土方は落ち着いていた。斉藤は腰をおさえながらやっと立ち上がった。
「高橋か…ふふふ。わらわのこと知らぬとは思うが名乗ってやろう。わらわは亀姫じゃ」
「亀姫…様」
「そうじゃ。姫路城に棲む長壁姫(おさかべひめ)の妹じゃ」
「長壁姫…」
「何も知らぬのだな。仕方がないか…。わらわはこの城に棲みつく物の怪じゃ」
「何っ、物の怪」斉藤が鬼神丸を五行の構えのまま亀姫に近づいた。
「待て、斉藤っ」土方が斉藤を制した。
「ふん、腰を抜かした腑抜けが刀を構えたぞ」亀姫以外の声が聞こえた。野太い男の声だった。
「亀姫様、かような者たちを相手になさいますな」
亀姫の背後に大きな大山椒魚のような姿が現れた。顔だけでなく、何も身につけていない身体も炎のように真っ赤だった。
「化け物がまた一匹現れたか。貴様は鬼だな」斉藤が言った。
「馬鹿め、会津の朱の盆(しゅのぼん)を知らぬのか」
土方は「東征軍以外に、こんな妖怪たちとも戦わねばならぬのか…」と、ため息をつきながら刀を抜いた。

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