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土方と亀姫 柒

朱の盆もまた亀姫と同じく、猪苗代氏から藩祖の保科正之を経て、今の藩主である松平容保まで代々仕えてきた妖怪なのだった。

保科正之とは二代将軍徳川秀忠の庶子(御落胤)である。正之の母・静は、秀忠の乳母に仕えたが、その際に秀忠に見そめられて関係を結び、慶長16年(1611)に正之を産んだ。将軍職を継げる庶子ゆえに命を狙われる可能性が高いため、秘匿されて江戸城北の丸に邸を与えられていた武田信玄の娘・見性院に預けられ育てられた。その後、元和3年(1617)に見性院の縁で、高遠藩の初代藩主・保科正光の養子となり、寛永6年(1629)には、腹違いの兄、三代将軍家光と対面。2年後には高遠藩の藩主となった。その後、出羽山形藩主を経て、寛永20年(1643)には遂に会津藩主となる。以後、正之の子孫の会津松平家が会津藩主を務めた。

「まさか、会津藩は…」
「そうじゃ、我ら、物の怪たちが守護してきたのじゃ。しかし、このことは代々の藩主と猪苗代城代しか知らぬ。容保殿が会津を離れて京都守護職を賜ると、我らの力が及ばなくなった」
「何ゆえでございます」
「我らは箱根を越えられぬのじゃ。箱根以西はわらわの姉、長壁姫の領分なのじゃ。姉は薩長土肥の守護をしておるから厄介なことじゃ。しかし、き奴らは姉の力が及ばぬ箱根を越えた…」
「箱根を越えて、江戸を蹂躙し、下野、白河を経て、母成を破られ、もうそこまで来ておりまする…。我らの力が足りぬゆえ容保様には…いや、亀姫様にも申し訳ござらぬ」
「わらわの力が及ばなかっただけじゃ。江戸に棲むわらわの仲間も、あの悪魔の力にはかなわなかった」
土方が顔を上げて亀姫を見た。
「悪魔とは何でございますか」
「異人の物の怪じゃ」
「異人の化け物」
「そうじゃ。魂を担保に倒幕を目論む奴らに取り憑いて武器を大量に買わせたばかりか、しまいにはこの国を乗っ取るつもりなのじゃ。土方、そなたが近藤の命乞いをした勝安房もそのひとりじゃ」
「海舟殿が…」
「そうじゃ。あやつは最初に悪魔に魂を売ったのじゃ」

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