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やっと見つけたミニ財布と、記憶の向こうのクラフトマン

持ち物を作り手にオーダーするのが、昔から好きだった。もしかしたら自分に確固たる個性がないのを、作り手さんに補ってもらおうとしているのかもしれない。

布小物やアクセサリーをハンドメイドをする友人に「売り物として作って欲しい」と頼み、私好みのオリジナル作品を作ってもらう。または、夫の仕事着であるスーツ、高価なフルオーダーは無理でも比較的安価なセミオーダーの良さを知ってからは数年に一度えいやと数着まとめて作るようになった。スーツのセミオーダーは体に無理やり合わせた既製品よりも断然スタイルが良く見えてさらにイイ男度も上がるのでおすすめである。

私が使う小物のオーダーの場合は、材料や色の指定をして細かなところは作り手さんにまかせる。そしてしばし待つ。じっと待つ。いつ出来上がるかなと相手からの連絡を指折り数えて心待ちにする。頼むときもこうして待つときも、そして当然届いてからも楽しくて、ひとつのものを買うのにこんなに楽しませてもらって良いのかと思い、とても得をした気分になる。

★★★

2023年夏から、SNSで見かけたミニ財布をずーっとマークしていた。

ここ数年で持ち歩く鞄が流行のせいもあるのかずいぶんと小さくなった。買い物ではクレカやスマホ決済が中心になり現金の持ち歩きは最小限で、そのため大きな財布が次第にしっくりこなくなっていた。
鞄におさまる小さな財布。がま口から単なるミニポーチ、それからミニ財布と銘打ってあるものまで色々試した。しかしがま口やポーチタイプはどうしても現金やその他が中で乱雑になるので使いにくい。そしてミニ財布は財布としての機能を狭い面積にぎゅっと納めるのが先に立っているものが多く、実際に使ってみると中の物を取り出すための動線は二の次になっていて、レジ前で財布をくるくる回転させてあたふた往生することが多かった。

そんな時にSNSで見かけたOUGI Leathersさんコンパクト財布「tsutsuco model」
職人である店主さんがクラウドファンディングを使って販売するとの告知をしており、丁寧に書かれた説明文を読み込んた。小銭やカード、札の出し入れの様子がよくわかる動画を見て、使い勝手の良さそうなフォルムと発色のきれいなレザーに惹かれて応援購入をしたくなった。

が、しかし、うーんちょっと待てよと思いとどまる。

実はわたし、知人が募っているプロジェクトに賛同することはあるけれど、基本的にクラファンなるものが苦手である。寄付には抵抗がなく、応援の気持ちを込めて定期的に寄付している団体もあるし、そこに見返りは一切望まない。なのにクラファンが苦手なのはなぜなんだろう。
……と、まだまだこの件について説明するには雑な言葉しか出てこないので、省略。

OUGI Leathersさんのコンパクト財布は、クラファンサイトで応援購入すると正規の価格よりも少し安くなるとのこと。イチ消費者としては欲しいものが少しでも安くなるのはとても魅力と思いつつ、前述のこともありすんなりクリックができずに結局申し込み最終日を見送ってしまった。

夏が終わり、どうにも馴染まない財布を持ったまま2023秋。

妥結して使っていた合皮のミニ財布の表面がみすぼらしくはげてきた。ああ、本革ならこの傷も味わいになるのにと思いながら黒いサインペンではげたところを塗ってみたが、そんな補修はなんだか切なくなるだけだった。

あのクラファンの財布、どうなったかしらんとOUGI Leathersさんのホームページを開き、再び動画を凝視。いい。やはりいい。

そしてホームページ内をぐるぐる徘徊しているうちに、クラファンに出ていた財布も「革のカラーオーダー」ができると知った。考えてみれば職人さんがひとつひとつ手作りしている財布なのだから、仕様やカラーの相談ができるのは当然のことである。

私はさっそくOUGI Leathersさんに連絡を取り、カラーオーダーの相談をした。店主の後藤さんから即お返事をいただき、しかもそれがとても丁寧で親切だったので、わたしはそこから約3週間も悩むことになる。

カラーオーダーの際、後藤さんから下記の写真をいただいた。「tsutsuco model ハーフウォレット」 は数字の入っている面の全てをカラーオーダーできるとこのこと。楽しい。

tsutsuco model ハーフウォレットファスナータイプ
tsutsuco model ハーフウォレット ファスナータイプ
tsutsuco model ハーフウォレット ホックタイプ

仕事の合間に、tsutsuco model の動画を見ながら(秋にこの動画の視聴回数をわたしが異様に増やしたと思う)、ここが赤だったら…ここがベージュだったら…いや、やはり黒ベースにして…うーんと、やっぱり茶ベース?でもなあ経年劣化楽しむならベージュ…でも赤い小物ってかわいいよね…と悩むこと3週間。早く頼みたいのに、なかなか決まらない。

でもこうして考えている間に、わたしは若い頃に札幌で知り合ったクラフトマンのことを思い出して懐かしくなった。

★★★

アルバイト先の先輩だったイリエさんとは、いつの間にか連絡が取れなくなった。

彼の髪はいつも光るくらいにポマードで固められていて、服装の定番は個性的なデニム、そしてレザーベストやジャケット。レザークラフトをたしなむらしく、持っている皮小物のほとんどは彼の手製で、デニムのポケットからはいつも使い込まれたウォレットがのぞいていた。

若い学生アルバイトが多い職場だった。
不健全にも年がら年中あちこちで多情な恋愛沙汰が繰り広げられていて、それは学生同士の他、そして学生アルバイトより五つ六つ年上の男性社員や男性契約社員は女性アルバイトを相手に入れ食い状態。18、19才の世間知らずの女性の一部は、制服の年上男性が仕事でリーダーシップを取る姿にほだされ、あっという間に気持ちを持っていかれていた。

イリエさんはアルバイトの中でも上級職で契約社員のような立場だったため、学生アルバイトよりも少しだけ責任のある仕事をしていた。しかし、彼も他の男性陣同様に恋だ愛だつまみ食いだとふわふわしていたかというとそうではなかった。イリエさんには同棲中の長年付き合っている恋人がいたらしく、酒の飲み方や夜遊びに関しては相当クズだったものの、女性絡みのイヤな噂を耳にしたことはなかった。
彼の当時の女性関係の真実は今となっては知る由もない。けれどパッと見には恋人に一途な様子、そしてハードなファッションとちょっと難解な物言いが気難しい芸術家ぽくて、美術系専門学校で勉強しているのにどうしようもなく没個性だった若い私は、何を考えるているのか掴みにくいイリエさんに何やら憧れめいた気持ちを抱いていた。
でもそれは恋でも愛でもなく、単に自分が知らないタイプの異性、扱いにくくつかみどころのない異性に好奇心を抱いているだけのこと。子どものはしかのようなものだった。

当時のイリエさんの身分はアルバイト上級職とはいえ単なるフリーターだった。ずいぶんと長くその会社にいたが、私が就職をしてアルバイトをやめてしばらくしてから、小洒落た店や事務所が並ぶ町にレザークラフトのアトリエを持ったと人から聞いた。そうか、アルバイトでアトリエを持つ資金を貯めていたんだ……?と、都合よく勝手な解釈をしたわたしは、ものづくりをする職人であるイリエさんになんだか無性に会いたくなった。就職した会社で慣れないマッキントッシュに四苦八苦していたせいもあったんだろう。

わたしが専門学校を出て就職をした30年近く前、グラフィックデザインの業務は手作業とコンピューターの端境期で、学校で覚えた製図ペンや雲形定規の扱い方やトンボの引き方など、そのほとんどが就職先では役に立たなかった。通常の業務で先輩に怒られ、そしてよくわからないまま残業になる毎日。働くことや他のなにもかもに疲弊している毎日で、こつこつとものをつくるイリエさんの姿を勝手に想像して、勝手に会いたくなったのだ。

イリエさんとは個人的に連絡を取り合う仲ではなかったので、自分で連絡を取ったのか人づてにお願いしたのか全く記憶にないが、兎に角私はイリエさんのアトリエでパスケースをオーダーした。幾ら払ったのかも思い出せないけれど、職人に頼むとこういう値段になるんだなあと感じた記憶があるので数千円では済まなかったのだと思う。

色やイメージ、大きさ。イリエさんはとても丁寧に私のオーダーを聞いてくれた。予算は?とも聞かれて答えたはずだが、数字は全く覚えていない。ただ、イリエさんがじゃあ外観はこういう革で、中のポケットは既製品になるかなと説明してくれた姿だけは覚えている。そうか、この値段ではフルオーダーは難しいのだとわたしは理解した。社会人になりたての小娘は「オーダーメイドで職人に持ち物を作ってもらう」ということをイリエさんのアトリエで勉強した。

こうして書き出してみると面白いくらい記憶にないことだらけだ。アトリエの場所に関しては町の名前を覚えているだけで、今その駅に降り立ったとしてもビルにたどりつける自信はない。頭の中に残っているのは、イリエさんの後ろに並んでいたたくさんの糸巻きと、大小のナイフ。壁にかかる大きな革と小さな切れ端が入った机の上の箱。そしてアトリエをあとにする私を「楽しみにしててね」と嬉しそうに送り出してくれたイリエさんの顔だけ。出来上がったパスケースを受け取った場所も、彼のアトリエだったかどうか定かではない。

いつもイリエさんが使っているようなウェスタンなデザインのそのパスケースをわたしは10年以上使った。結婚して子どもができてからも使い続け、そしてとうとう糸が切れたので、修理に出そうと思ったがイリエさんのアトリエはももらった名刺のその場所にはなかった。アルバイトが一緒だった友人たちに聞いてみたが、懇意にしていた人でさえ誰もイリエさんの消息を知らなかった。旭川で除雪の仕事をしているらしいとか、あのアトリエは彼女のお父さんにお金を借りて開いたとか、そもそもあのアトリエ自体が誰かからの間借りだったとか、本当かどうかわからない情報だけが私の元に届いた。衝撃的だったのは、「あいつはホラ吹きだよ、かなり」という話で、仲間内では彼が大風呂敷を広げて回収できないのは日常のことで、適当なその場しのぎを嘘をつくのも相当有名だったらしい。

その話を聞いたあと、インターネットで「彼の名前 札幌 レザークラフト」で検索をかけてみたが、情報はなにひとつ引っかからなかった。でも思い返してみると、札幌駅前の次に地代が高いであろうあの町のビルに、20代後半のなんの実績もないフリーターが立派なアトリエを構えるのは相当なお金ときちんとした保証人が必要だ。若い頃は気が付かなかったが、彼のひょうひょうとした軽やかさは単なる軽薄さだったのかもしれない。

「何を考えているかわからない人」は、やはり「何も考えていない人」なのかもしれない。

ウエスタンな雰囲気のデザイン
10年使ってかなりの損傷。近所の「革製品直します」の店に修理を依頼したところジャンル違いでできないと断られるの巻。

わたしが受け取ったこの味わい深いパスケース。色んな話を耳にしたあと、これは果たして本当にイリエさんが作ったものだったのだろうかと頭をよぎったが、10年使えば立派に愛用品のひとつで、その機会を与えてくれたのはやっぱり彼なのである。

修理の機会を奪われたパスケースに、つかみどころのなかったクラフトマンを重ねてしまう。

★★★

2023年12月のある日、私は悩みに悩んでOUGI Leathersさんにオーダーをした。その際にtsutsuco modelの形のまま、パスケースとしても使えないかと後藤さんに相談した。スマホを自宅に忘れがちな私はスマホにICカード機能を入れていないので、ICカード単独でさっと使える財布にできないかと思ったのだ。小さな財布に機能を足して欲しいだなんて無理を言ったが、後藤さんは快くポケットの提案をしてくれた。

なるほど、こうなりますか

tsutsucoは小さいけれど、ぎりぎり外側にポケットをつけられるという。そしてわたしはまた1日かけて悩み、結局、tsutsucoのつるりとした外観が損なわれるのがもったいないと考えて、レザーのカラー指定のみでtsutsucoをオーダーするに至った。

そして待つこと約3週間。待っている間も何度となくtsutsucoの動画を開いてしまったわたし。

クリスマス直前に荷物が届き、久しぶりにわくわくしながら箱を開封。袋をあけた途端にふわりと革のいい匂い。すべすべの革、そして中身を入れてみて体感できる、なんの引っかかりもない使い勝手のよさ!

しっとりすべすべ
左手に持ち、ひとつも方向を変えることなく小銭、札、カードの全ての物が出せます。


そしてクレジットカードと場所を分け、いちばん外側へ並ぶようにICカードを入れたところ、財布のまま難なく自動改札も通過。干渉する他のカードさえ入っていなければ、外側にポケットがなくてもパスケースとして機能することがわかり、さらに愛着がむくむくわいた。

財布の背中側を自動改札機にタッチでOK

クラフトマン後藤さんの仕事、ここにあり。2023年の最後に良い買い物ができました。本当にありがとうございます。

くだんのイリエさんは消えたけど、OUGI Leathers 後藤さんは大阪のこちらのお店にいらっしゃいます↓↓↓


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