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B級グルメをこよなく愛し、立石の再開発を憂う、仕事はIT系だけど、本当は先生になりたか…

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B級グルメをこよなく愛し、立石の再開発を憂う、仕事はIT系だけど、本当は先生になりたかったおじさんです。 どうぞ、よろしくお願いします!

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  • 歴史に残るあのクルマ

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    くにちゃんのクルマに関する思い出

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noteといふものヲ(その1 日立編)

男もすなる noteといふものを女もしてみむとするなり。 (写真は、葛飾区の水元公園) 新型コロナのおかげで、3月から在宅勤務で、なかなかストレスフルな毎日が続いているので、憂さ晴らしというわけではないけれど、振り返るために日記代わりに、noteをはじめてみた。 はなむけに、私の生い立ちから。 (この写真は最近の写真) =============================================== 高度成長期の終わりかけ、オイルショックの頃にこの世

    • 軽自動車は、毒饅頭か?劇薬か!

      日本で自動車の普及が進んだのは、ある一台の軽自動車の登場による影響が大きいと言われる。 それは、通産省(現・経産省)の「国民車構想」(1954年)に近い形で登場したスバル360であった。 ちなみに、国民車構想とは、以下のようなものであった。 4名が乗車した状態で、時速100kmが出せる(ただし、定員のうち2名は子供でも良い 時速60 kmで走行した場合、1リッターのガソリンで30 kmは走れる 月産3,000台(構造が複雑ではなく、生産しやすいこと) 工場原価15

      • 愛車遍歴(その8)

        出会いは突然にスバルに変えてから、9年目の車検が近づいてきた2022年の春先のこと。 今回は車検を通して、あと2年は乗る予定だったが、ディーラーの担当営業さんから、好条件の買い替え提案があった。 新型レヴォーグなど搭載の新エンジンのリコールやら、半導体不足による生産調整が続く中、販売店としては食い扶持確保のため、売れる車種を売らないとイケナイ。 聞けば、フォレスターのハイブリッドであれば、特価で提供可能だという。しかも、下取りも(中古車市場の高騰もあり)「高値買取」とのこ

        • 高級セダン、もはや伝説?

          メインストリームから消える「高級セダン」 昨年末に、ホンダのフラッグシップである「レジェンド」が国内生産および販売を終了した。 表向きは、国内生産体制の見直しとしているが、日本の高級車市場の変化についていけなかったということが、その本当の理由である。 セダンという絶滅危惧種 そもそも、セダン型の国産車は、2022年5月時点で、以下のラインナップが残るだけとなった。 トヨタ クラウン トヨタ カムリ レクサス LS レクサス IS トヨタ カローラ ホンダ アコ

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        noteといふものヲ(その1 日立編)

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        記事

          トレンディドラマの頃

          「トレンディドラマ」といえば? 私にとっては、「男女7人夏物語」(1986年)が、トレンディドラマそのものである。 明石家さんまが演じる「今井良介」と大竹しのぶが演じる「神崎桃子」の漫才のような掛け合いは、面白位だけでなく、男女の真髄を示す。 そして、トレンディドラマといえば、当時の最先端スポットが効果的に使われ、その煌びやかな雰囲気に憧れたものだった。 恵比寿のビヤホールで、ブーツ型のカップで、顔をびしょびしょに濡らしたり… イントロでクラクションが鳴るだけで、この

          トレンディドラマの頃

          新しいぶどう酒は新しい革袋に

          8年前に買った、電動自転車を手放し、ミニベロと言われる、小径の自転車が今朝届いた。 区の補助金をもらい購入したとはいえ、2013年当時おおよそ10万円ほどした電動自転車なので、手放すのは些か心苦しかった。 ただ、マンションの駐輪場の限られたスペースにおいて、子供たちの自転車+ママチャリ2台はパズルのような状態になっており、両サイドからいつクレームが来るか、ヒヤヒヤものであったのもまた事実… 実は春にバッテリーがダメになって、買い替えを検討していたが、なんとそのバッテリー

          新しいぶどう酒は新しい革袋に

          どこに行こうか?

          旅行に出かけられない夏休みが続く。 今年は結婚して20年になる我が家、数年前からどこか旅行に行こうと、細々ながら旅行貯金をしていたのだけれど、その夢は叶わぬまま。 自由に旅行に行ける様になったら、どこに行こうか? ハワイ・オアフ島(アメリカ) やはり、定番の観光地! 日本人に一番馴染みの海外であるが故に、天邪鬼な私はまだ行ったことがない。でも、逆にアラフィフのオヤジがハワイに行ったことないのも、そろそろカッコ悪い気もする。 ホテルのプールサイドバーで、トロピカルな

          どこに行こうか?

          2001年没落の旅

          今からちょうど20年前の4月に、小泉純一郎が第20代 自由民主党総裁に就任した。 小泉劇場ともいわれ、衆愚政治の幕開けでもあったが、今の日本に至る道筋を作った「功労者」であった。 官邸主導政治 事業の民営化 年金制度改革 医療制度改革 首相が、政治家のみならず官僚の人事権まで=独裁民営化や改革=弱者切り捨て派手な言動による小泉劇場に国民の関心を集める傍らで、『支配するものはより強く、支配されるものはより弱く』を抜け目なくやり遂げたのである。 各種改革で潤ったのは

          2001年没落の旅

          日本のEV技術は遅れているのか?

          日本政府が、『2030年前半、ガソリン車販売禁止』という方針を明確にし、激震が走った2020年の年末に、いま改めて、モビリティの電動化について、考えてみた。 マスメディアは、『なぜ日本からはテスラのような車ができないのか?』 『日本の技術は遅れている!』という話で、もちきりである。 21世紀に間に合いました!といって、1997年にトヨタが初代プリウスで世界で初めて市販化し、以降発展してきたハイブリッド車も、エンジンとモーターという2つの動力源および、ガソリンタンクとバッテ

          日本のEV技術は遅れているのか?

          あれから10年

          あの年の夏も、暑かった。 翌年の地上アナログ波終了を目前に、麻生内閣肝いりの「家電エコポイント事業」にのっとり、トリニトロン管のソニーの25インチテレビから40インチのフルHDの液晶テレビに買い替えた2010年の夏。 あれから10年 40インチの液晶テレビは、今も我が家のリビングに鎮座しており、まだまだ買い替えは必要なさそうである。 当時我が家は、新しい家族を迎え入れる準備真っただ中だった。 結婚して8年ほど経っており、もはやそろそろ二人きりの人生を考えた頃だったた

          あれから10年

          サラリーマン文化が育てた「だるま」

          夜の街で「だるま」といえば、サントリー・オールドである。 一方、クルマで「だるま」といえば、トヨペットコロナである。 サントリーとトヨタは、フルラインナップ商法で、サラリーマンのハートをつかんだ。 高度成長期のトリスバーで、サラリーマンにウィスキー文化を根付かせ、角瓶ハイボールで高級感を演出し、課長になったらオールド、部長になったらリザーブ、役員になったらローヤルなんていう、サラリーマンの心をくすぐるマーケティング戦略を取った。 トヨタも、若手のスターレットに始まり、

          サラリーマン文化が育てた「だるま」

          Y2K問題/真の問題は?

          「20XX問題」という言葉がいっぱいあるが、その始まりは、「2000年問題」=Y2K問題であった。 2000年問題ってなんだっけ?1960年代や70年代などに開発されたソフトウェアの中には当時極めて高価で容量の少なかった記憶装置を少しでも効率的に利用するため、1975年1月31日を「750131」とするなど、年号部分を西暦の最後の2桁のみで記録しているものがあった。 当時は数十年先の西暦2000年まで同じソフトウェアやデータ形式が使われ続けるとは想定していなかった。 だ

          Y2K問題/真の問題は?

          1980年の小学生が想い描いた2020年

          1月にポールマッカートニーが、日本入国時に大麻所持で捕まり、その年の暮れの12月8日にジョンレノンが暗殺されるという、ビートルズで始まり、ビートルズで終わった1980年。 この年、私は小学一年生だった。 幼稚園の卒園式には、海援隊の歌う「贈る言葉」が流れていたが、同曲が主題歌だった『3年B組金八先生』の1stでデビューした『たのきんトリオ』が、小学校に上がるやすぐさま、トップアイドルになる。 松田聖子、柏原芳恵、河合奈保子なども1980年デビューと、アイドルがテレビの真

          1980年の小学生が想い描いた2020年

          日本を支配するもの

          日本の影の支配者はだれ?コロナ禍で、世界情勢が緊迫しており、どこかでドンパチが起こってもおかしくない状況になりつつある。 そんななか、日本の閣僚経験者が、戦前の軍国日本を礼賛し、戦争を美化した発言を行ったりしている。 なぜ、彼らはそんな発言をするのか? つまりは、幕末の頃から日本を陰ながら支え続ける存在があるが故であろう。 アメリカの西部開拓と日本支配アメリカ合衆国は、マニフェスト・ディスティニーを標語に、西部開拓を行い、太平洋にたどり着くと、その勢いは「海を超え」さ

          日本を支配するもの

          日本車のヴィンテージ・イヤー

          自動車の排気ガスによる環境問題と、二度のオイルショックによるガソリン価格の急騰により、世界のマーケットから、低価格で高品質な日本車が評価され、特にアメリカのビック3が苦境に立たされた1980年代の話である。 ヴィンテージイヤーは、米国貿易保護と超円高から当時のアメリカの主要産業は、自動車産業であった。GM・フォード・クライスラーの通称ビックスリーの苦境はすなわち、アメリカ経済の苦境であった。 そんな状況下、アメリカは保護主義的様相を強めており、日本車を排斥する動きも強くな

          日本車のヴィンテージ・イヤー

          マイカー元年の教訓

          1966年といえば、日本の自動車史上大きな分岐点となった年。 1964年の東京五輪が終わって2年ほど経つと、360ccの軽自動車の時代から、小型自動車を持つ時代へと、購買力もまさに高度成長していた時代の話である。 日本最古の自動車メーカーである日産からはのサニーが登場し、その数か月後にトヨタ・カローラが登場。そして、軽自動車メーカーだった富士重工も、スバル1000で小型車市場に打って出た。 そう、昭和史において、この年が、「マイカー元年」と記されているのだ。 そして、

          マイカー元年の教訓