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カーコラム「ポルシェ956 ル・マン24 '84 デレク・ベル オンボード映像」

 '83ル・マン24時間耐久レースでのポルシェ956のオンボード映像である。

 ドライバーのデレク・ベルは、ジャッキー・イクス、ヨッヘン・マスと共に956無敵神話を築いた偉大なるドライバーである。

 オンボードカメラは、気が遠くなるほど長いユーノディエールの直線(若干はカーブしている)を全開で駆け抜け、ほぼ直角に右にターンするミルサンニュ・コーナーへと飛び込んで行く激しいドライビングの一部始終を、生々しく映し出している。

 世界スポーツカー選手権は、1982年より新たにグループC規定が導入され、マシンの設計の自由度はかつてないほど高くなった反面、同時に導入された独自の厳しい燃費制限規定も満たさなければならなかった。

 ポルシェのグループCマシンである956は、1981年の春から開発が開始された段階で、最新のグランド・エフェクト理論が取り入れられる事が決定していた。

 ロータスが1977年のF1で採用したこの理論は、ボディ下面に 流れる空気の力によってボディにダウンフォースを発生させるというものである。

 そのためには、ボディの裏側は、飛行機の翼の下半分のような形状にする必要があり、空気の乱流を招く余分な突起物は一切無くさなければならなかった

 そこでポルシェは、伝統的なパイプフレーム式のシャシーを捨て、新たにアルミ製のモノコックシャシーと設計した。

 さらに、エンジンとギヤボックスをボディの中央寄りに傾けてマウントする事により、ボディ下面の翼断形状を理想的なものとした。

 パワーユニットは、1981年のインディ500マイルレースに出場するために開発された流用。6気筒4カムシャフト・水冷ヘッド付きの2.65ℓツインターボエンジンは、1981年のル・マン24時間耐久レースで936/81に搭載され、その信頼性と耐久性が確認された。

 このエンジンは、純粋なレーシングエンジンでありながら、クランクケースやクランクシャフトなどは911系市販車のパーツをそのまま流用している。

 エンジンパワーは、厳しい燃費規制を満たすため、低めに設定された。82年型の出力は、過給圧1.3kg/cm²時に630PS/8000rpm(ル・マン出場時)。過給圧はコクピット内からのコントロールにより、1.1kg/cm²~1.3kg/cm²の範囲で調整できるようになっている。

 車重は、100ℓのガソリンタンクを満タンにした状態で858kg(ル・マン出場時)であった。

 956は、厳しい燃費規制のため、思うようにパワーが出せずに苦戦しながらも、1982年シーズン全8戦中、ル・マン含む4戦で優勝し、見事にチャンピオンシップを獲得した。

 1983年からはワークチームのマシンは電子制御燃料噴射装置付きとなり、パワーと燃費のバランスは、さらに安定したものとなった。

 車載カメラを乗せたこのマシンは、電子制御燃料噴射装置付きのワークス956だが、この時の最高出力は600PSとアナウンスされている。しかし、一説では750PS以上のパワーが出ていたとも言われている。

 長い直線で有名なユーノディエール・ストレートでは、956の最高速は時速351kmと計測された。

 ロスマンズカラーのポルシェ956を眼前で見たのは1985年10月に、富士スピードウェイで開催されたWEC(世界耐久選手権)JAPANの取材の時だった。

 その優麗なスタイルもさる事ながら、その圧倒的な速さに驚いた。

 当時、956の無敵神話を崩さんと、のシルクカット・ジャガーや、ロンドーといった強豪マシンがその牙城に迫りつつあったが、やはり956の速さと安定性には一日の長を感じた

 速さ、耐久性、信頼性、そのすべてを兼ね備えた究極のレーシングカー、それがポルシェ956なのである。


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