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戦闘服からヘッドセットへ 17 ~虎の過去~



「そうかぁ、熊さんがバツイチだったなんて、驚きですよ」
 新藤が笑いながらそう声にすると、三平はお酒がまわってきたのか、にこにこした表情で言った。
「そう言われてみれば、研修の頃とか、佐々木さん怖かったなぁ。同期に反社がいる!って思ったもん」
「おいおい、失礼だな。・・・まぁ、正直な事を言うと、ここに来たばかりの頃は心が空虚だった気がする。今はすごく楽しいけどな。このメンバーが同じチームで、本当に良かった」

 上杉は佐々木の意外な言葉に反応した。
「なんだよ、照れるなぁ」

「仕事も、意外に向いているみたいで、楽しいしな。後日談だけど、娘が頻繁に札幌に帰って来るんだよ。あんなに東京を楽しみにして行ったのに、『楽しいけど大学は札幌にするかも』って言ってたな」
 佐々木は、そう言いながら、視線の先に娘がいるかのように微笑んだ。
 

 真実を知ったメンバーからは、安堵の空気が漂っていた。

 すると、お店の入り口から女性二人がこちらを見て指を差し、近づいて来た。
「遅くなってごめんなさい!」
「疲れたわぁ!聞いてよ、莉里ちゃん最後にクレーム引き受けちゃって、大変だったんだから」
「お、来たか」

 仕事を終えた莉理と瑠美は疲れた表情で席に着き、コートを脱いだ。
「二人は、何飲みますか?」
「ビール!疲れを飲んで吹き飛ばさないと」
「大変だったな。こっちは熊さんの貴重な昔話が終わったぞ」
「え?そうなの?」
「熊さんの話、面白かったよ」
 そう言う三平へ、瑠美は不服そうな顔をした。
「ええ、聞きたかったなぁ。三ちゃん後で教えてよ」

 佐々木は膨れた顔の瑠美を見て、小さく笑い、上杉に目を向けた。
「待てよ、虎、お前はなんで自衛官を辞めたんだ」
「そりゃ、辛くなって辞めたんでしょ?」
 三平がそう言うと、上杉は三平に向かって睨みをきかせた。

「いや、上杉さんこそ暴力沙汰起こしたんじゃないの?」
 新藤が冗談のように聞いた。
「いや、まぁ。・・・俺が暴力を受けたんだよ。あんなの集団暴行だよ」
「え?!」
 皆が上杉を凝視する中、意に介さない様子で上杉は店員からビールを受け取った。
「ほら、ビールが来たぞ。まずは乾杯だ」

 飲み会は、これから更に盛り上がりそうな予感をさせた。


 あれは小さな頃、家族で夕飯を食べてニュース映像を見ていた時だった。迷彩服姿の人たちが、さかんに救助をしている様子が流れた。
「お父さん、あの人たち何してるの?」
「ああ、自衛隊って言うんだ。災害があったりしたら救助に動くんだよ」
「へぇ、かっこいいなぁ。あの着てる服、パパも似てるの着てたよね」
「ああ、おしゃれで着てる物だけど。・・・欲しいのか?」
「うん!欲しい!」
「そうか、迷彩柄って言うんだぞ。この人たちのは戦闘服って言うんだが。今度、虎のも買いに行くか?」
「いいの?やったぁ!」


 親父はすぐに約束を守ってくれた。
「お、似合うぞ」
「あらぁ、可愛い。似合ってるわよ」
 両親はそう言って、笑顔で喜んだ。

「ママ。僕ね将来、自衛隊になってみんなを守るんだ。ヒーローになるんだよ!」



 青空の下、丸坊主に凛々しい顔の若い青年が、一糸乱れず、列になって並ぶ。
「気を付け、敬礼!」 

 初めて、本物の戦闘服を身につけた日。身震いがした。これを着て俺は人を救うんだと。
 気づくと、自分は周りから少し浮いていた。いや、俺は周りがなんだかおかしいと思っていた。温度差に気づくのに時間はかからなかった。

「俺、上杉。よろしく」
「あ、よろしく」
「あのさ、何をきっかけに自衛隊を目指したの?やっぱり救助している姿に憧れたとか?」 

「え?!いやぁ、目指すって言うか、特に夢もないし。安定してるから」

「体力だけが自慢だからさ」

「親がお前に向いてるんじゃないかって、言われてたから、かなぁ」


 志の違いに、失望を感じた。



 その日の訓練は荒れた山の中だった。
いつもより、かなり過酷なものだと言われていた。そう言われると、逃げずに最後までやり切りたいと闘志が燃えた。

 背中には、山の中で生き抜くための数日分の荷物を抱えていた。数十キロと尋常ではない重さは体力をすぐに消耗させた。
 舗装されていない道なき道を歩き続けた。

 こう見えて、優秀な隊員だった。先輩方や同期からも一目置かれている事を肌で感じていた。
 そんな事はどうでも良いと思う程、仕事に夢中になっていた。子どもの頃から憧れ続けた者になり、長年の夢が叶ったのだ。
 過酷で逃げ出したい訓練も、いつか現場で活躍する日を思うと、頑張る事が出来た。
 現実は、甘くなく、思いもしないところから暗い影が現れ、雷雨が降り注ぐかのようにその瞬間はやってきた。

 すでに6時間歩き続けていた。
酷い山道に入り、集中力も途切れ始めていた。疲労と眠気もやってきて、いつ倒れてもおかしくなかった。

「ああ!」
 足元に何かが引っ掛かり、足を踏み外していた。
 すると、足首を激痛が走った。

「大丈夫か上杉!」
「足首が・・・」

 一人の上司が冷たい声で言った。

「お前、このあと7時間は訓練が続くんだぞ。リタイヤするのか?・・・お前の荷物は、誰が持つんだよ」

 10年以上も昔の事で、時代が今とは違った。当時の自分に拒否出来ることではなかった。

「やるのか?やらないのか。お前が選べ」
 そんなもの、二択と見せかけた一択だった。逃げ出したかったし、考える力など何も残っていなかった。朦朧とする頭と足の痛さの中、これしかない答えを言った。
「・・・リタイヤしません。やります」


 医師は言った。
「これは酷い。どうしてもっと早く来なかったの?」


 多くの病院へ通ったが、言われる事は同じ。
「手術をしても完治するかどうかは半々です。リスクが高すぎます」
 
 体が主の仕事だ、完治しなければこの仕事は続けられない。

 すぐに治療すれば、免れた結果だと。
 人生を左右する出来事だったと、後になって気づいた。

 やむを得ず、手術はせずにリハビリを励む事にした。
 リハビリがこんなに辛いとは想像もしていなかった。
 時間をかけて、日常生活が出来るまで、なんとか回復した。

 だが、職場へもどっても、以前のような体ではない自分へ上司から非難の声を浴びせられるだけで居場所はどこにもなかった。
 精神的に追い込まれる日々のそれは、間接的なクビ宣告以外の何ものでもなかった。



 俺の夢は終わった。



「ねね、虎君ブランコで遊ぼうよ」
「僕も行く!」
「いいよ!その次はジャングルジムね」
 小学校低学年の頃は、何をしても楽しくて時間も忘れて遊んだ。
「虎君、そのズボンかっこいいね」
「でしょ!これ迷彩柄って言うんだよ。僕、将来は絶対に自衛隊になって、みんなを守るんだ」
「すごい!虎君、いつも意地悪な子から助けてくれるもんね」
「そうだ、虎君はヒーローだよ!」



 退官式の日、涙が止まらなかった。

 俺は、誰も救えなかった。




 瑠美は持っている割りばしを音を立てて半分に割った。
「腹立つぅ!その上司はどこの誰だよ。まだいるなら、そいつの家の前に犬の糞でも置いて来てやろうか!」
「瑠美さん、面白いけどやめて」
 三平は、はっとした表情をした。
「あれ、前に彼女に振られて辞めたって言ってなかった?」
「そんなの嘘に決まってるだろ。お前、信じてたのか?・・・直接の暴力ではないけど、当時の俺にはそれくらいの事だった。まぁ、今の時代なら違ったんだろうけど」

 新藤はいきなり、笑い出した。
「おい、新藤。笑い事だったか?」
「いや、ごめん。佐々木さんは、噂に少しかすってたけど、上杉さんはかすりもしてないなぁと思って。噂がひど過ぎてさ」
「確かに、むしろ被害者だし」

 噂に踊らされたこれまでを想像したのか、皆が少しずつ笑い出した。
「おいおい、俺は笑えないぞ。お陰でドラックやってる、とか言う疑惑も出て。何者だよ」

 笑いはさらに大きくなった。

「あはは、良いじゃない。これでSVになったら、伝説の存在になるわよ」
「そうだよ、ここで凄くなって屈辱を晴らそうよ!虎君なら、喜んで付いて行くよ」

「おお、それ名案だな!SVになってスーツでびしっと決めて、なんでも解決してクレーマーから守るぞ。・・・まぁ、なれたらの話だけどな」

 佐々木は真剣な顔で上杉に向かって言った。
「お前がSVなら、俺も付いて行ってやるよ。ただ、その前に虎は単純で人を信じやすいし、血の気が多いから気を付けないと足をすくわれるぞ」

 佐々木は、いつに無く、真剣な表情で忠告をしてした。

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