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戦闘服からヘッドセットへ 22 〜おバカでウルフルズな夜~




 上杉と莉里の前には、飲み会で帰りが遅くなったような学生たちが、楽しそうに駅へ向かっていた。
「前の職場でそんな事があって、今の所に来てから研修の担当をするのは、挑戦だったんじゃ?」
「ああ・・・うん、挑戦だったね。でも、それ以上に、もう一回やり直せるかも知れないって思ったの。初日はすごく緊張したんだけど、思っていた以上に楽しくて」
 お酒で気持ちが高揚していたのかもしれない。莉理は、珍しく研修担当となっての苦労や楽しさを語っていた。

「そうか、確かに。研修で莉里ちゃんに会った時、楽しそうにやってるなぁって、俺も思った」
「本当に?それは嬉しいかも」
 莉理は、前を向きふっと笑った。

「・・・いやぁ、職場の人にこの話するの、初めてかも」
「ああ、そうなん?」
「うん」
「まぁ、俺からすると意外かもな。どんな仕事もバリバリこなして、なんでも上手くやってきたように見えたから」
「そんな事、ないよ」
「・・・まさかそんな苦労してたなんて。凄いなぁって」

 莉理は、また首を小さく左右に振った。
「学校で働いてたのは、たった一年で、短い期間だったの。・・・当時ね、クラスにすごく小さくて静かな女の子がいて。数年後に手紙をくれて、そこにね私がいたから1年生の時に学校に行けたって、書かれていて。私は、必死で苦しみながらだったのに、その子の希望に、なれてたんだなって。それだけの事だけど、無駄じゃなかったんだなぁって」

「そうか、それは嬉しいな。・・・じゃあ、今はSVとして楽しめてる?」
 上杉がそう聞くと、莉理は小さな顔を上杉の方に向け、にっこり笑った。
「うん、すごく充実してる。楽しいよ、残業はしんどいけどね。あとクレームも!」
「おう、今が楽しめてるなら問題ない。クレームは同じくだ」


 
「上杉さん、莉理さんと上手く話せてるかな?」
「ああ、大丈夫だろ。颯爽と追い掛けた姿は、格好良かったな」
 横尾と新藤がそう話しながら、カラオケボックスの部屋へ向かった。
 中では、佐々木と瑠美が、三平から女の子にされた悲惨な過去について聞かされていた。

「だからさ、その子は彼氏がいるのに、僕と毎週水曜に夕飯に行ったんだよ
。それをあとで知った僕は、地獄だよ!高いお店で、頻繁に奢ってたんだよぉ」
「いや、それさ。誕生日に、COACHのバックをプレゼントさせられた時点で気づかないと!彼女じゃないのに、契約社員の男にそんなものをプレゼントさせるなんて、悪魔だよ」
「こわいな。小悪魔とは言うけど、全く可愛くないな」

 三人は、横尾と新藤が入って来た事に気づき、顔を上げた。
「あ、来た来た。二人、髭男、また歌ってよ!」
 三平はマイクを手にして2人へ渡した。
「前に行ったカラオケで、イエスタデイ歌ってたよね。めっちゃ良かった」
「今日は、三平のために歌ってやれよ」
 佐々木も、ごきげんな様子で、顔が赤らんでいた。

「みんな、早く決めないと全員、同じドリンク頼むよ!」
「ああ、僕はウーロン茶」
「俺は、レモンサワー」
「俺も!」

 ドリンクを頼み終えた瑠美の隣に、三平が座り、高揚した様子で説明を始めた。
「この前、黒田君を励ます飲み会で、二人が歌ったんだけど良かったんだよ」
「・・・私の前で、黒田を励ました時の話する?私が起因の飲み会じゃん」

「三平、空気読まないとな」
 三平は、まずい、という表情をすると瑠美はにやりと笑った。
「じょーだん。もう黒田と仲良くやってるから。今後、私がいても誘ってあげてよ」

 横尾と新藤の2人は、三平のリクエストにこたえようと、タッチパネルを操作していた。

「おし、じゃ。三平さんに捧げる歌、いきます!」
 部屋の中に、Official髭男dismのイエスタデイが流れた。

 2人は、散々飲んだ後の顔とは思えない真剣な表情で、マイクを握った。
“何度、失ったって、取り返してみせるよ”
 横尾の歌声は、ボーカルに近い声質で、かなり似ていた。
「うまーい!」
「ね、言った通りでしょ?」
 順番に歌いあげる新藤も、少し低い声で、また違う良さが出ていた。
「二人とも上手いんだ」
「いいぞー!」

“遥か先で、君へ狙いを定めた恐怖を。どれだけ僕は、はらい切れるんだろう?”
「え、三ちゃん、泣かないでよ」
 三平は過去を思い出しているのか、徐々に切ない表情になっていた。
“何度傷ついたって、仕方ないよと言って。うつむいて君がこぼした、儚く生ぬるい涙”

 後半には、横尾が三平に向けて歌うかのように、声を響かせていた。

“バイバイイエスタデイ、ごめんね。名残惜しいけど行くよ、いつかの憧れと違う僕でも 。ただ、一人だけ、君だけ、守るための強さを、何よりも望んでいた、この手に今”

 瑠美は、隣にいる三平の肩が震えている事に気づき、驚いた。
「ちょっと、嘘、やっぱ泣いてんじゃん!」

“遥か先へ、進め!幼すぎる恋だと、世界が後ろから指さしても”
“三平!進め!”
最後は新藤が笑顔で歌い上げた。
“虹色の先へー”

 三平は、目を赤くしながら、拍手を送っていた。
「二人に歌ってもらうと、やっぱり良いな」
「うーん、上手いな」
 佐々木も、次の曲を選ばずに、そのまま聴き入っていた。

「私、ワンオク歌って良い?」
そう言うと、瑠美はタッチパネルを探した。
「意外だね、そこ歌うんだ」


「おう、盛りあがってるな!」
 上杉が、ひと仕事終えたかのような、清々しい表情で入って来た。
「虎っち!お帰り」
「何飲みますか?」
「ハイボールにしようかな」

 横尾は、瑠美に何か一言伝えると、瑠美からタッチパネルを受け取り、上杉の隣に座って声をかけた。
「上杉さん、さっそく“バカサバイバー”を歌ってもらいたいです」
「おう、来ていきなり歌うのか?」
「そうだぁ!このメンバーだと、やっぱりこの曲を歌わないとね」
「いいねぇ」
 三平も新藤も、待ってました、という顔をしている。

「私からタッチパネル奪うほどの事なんだね」
 そう言って、瑠美は笑った。

 曲はすぐに流れ、上杉は前に出て息を整えるとマイクを右手で強く握り、一息吸い込み、唸るように声を上げた。
“はぁい!バカサバイバー!生き残れ、こぉれ!”

 上杉は、こぶしを上下に動かしながら力強く続けた。
 横尾は、にこにこしながら、タッチパネルでボリュームを上げた。
「あ、私これ知ってる!ウルフルズの『バカサバイバ―』でしょ?ドラマの主題歌で聴いたぁ」

 皆の方を見てニヤリと笑い、煽るかのように歌った。
“おう、誰のせいでそんなショボクレとぉんねん!だからゆぅーてるやろ、いつも。なんか我慢してんのんちゃう?お前、そうちゃうん?”

 上杉は、新藤と横尾に近づき、佐々木の方を指さして歌った。
“ほれ見い、あのおっさんの顔!お前もあんなん、なってまうよ!”
 歌と現実がリンクするようだった。
“さぁ、生き残っていこうぜ!よじ登って、勝ち誇って、金使って、金稼いで!!”

 三平は「きたきた、ここ!」と立ちあがると、横尾と新藤も立ち、腕を振り回して歌った。
“バカサバイバー!成り上がれ、がぁれ!バカサバイバー、ベイベー。バカサバイバー!舞い上がれ、がぁれ!”

“おいおい、泣かんでもええやん。男と女の宿命宿命、ほぉら見てみ。会いたかった理想のやつ、案外あんたの側にいるよ!”
 そう歌うと、上杉は瑠美を指さした。
 瑠美は爆笑し、三平はそんな事ない、という顔をしていた。

“B!A!K!A!S!U!ほら、熊さんも!”
 佐々木も立ち上がって皆の中に混ざり、瑠美も笑いながら立ち上がった。
“バカサバイバー!生き残れ、これ!”
 新藤と横尾が佐々木に肩をかけると、瑠美は三平に肩をかけ、気づくと全員が肩を組んでいた。
 前に立つ上杉の声は、更に響いた。


“イェイイェイイェイ!おい、なんかウズウズしてきたんちゃうの?わくわくして、メラメラ燃えて、ムラムラしてきたんちゃうの!!”

 佐々木へ目で合図をして近づき、“おい、ボヤボヤしてる場合ちゃうぞ。グズグズしてても、始まらへんのちゃうの、おい!”と歌い、マイクを向けると、佐々木も大声で続けた。
“内心ビクビクでも、膝ガクガクでも、こわない、こわない!ほら行くで行くで、行くで!!”
 佐々木の声は太く、強かった。

“勝ち残れこれ!バカサバイバー!”
“生き残れ、こぉれ!”
 メンバーは叫ぶように歌った。
“バカサバイバー!生き残れ、こぉれ!”



 皆が、酔って寝始めた頃。熊さんが目を擦りながら、田園を歌う渋い声が響いていた。



 上杉の頭の横で、アラームが鳴った。スマホの目覚まし設定がそのままになっていたようで、ソファーで横になっていた上杉の側で鳴り続けていた。

「んー」
 頭がガンガンする中、目を開けると天井が見え、横を見るとメンバーも全員、ダウンして寝ていた。  
 テーブルに、1万円札が置かれているのが見え、『先に帰る 佐々木』と書かれたメモも置かれていた。

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