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戦闘服からヘッドセットへ 18 ~消えた画像~




「お電話ありがとうございます。担当の上杉でございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか」
 シフトが早の勤務日、上杉はぎりぎりまで寝ているため、大急ぎで準備をして出勤する。そのため、1本目の電話がその日の第一声となり、声も頭の回転も調子が良いとは言えなかった。
 とは言え、これまでの電話対応と比べると上杉の成長は著しく向上していた。

 横尾は上杉の言葉使いや案内をする姿を見て、隣にいた新藤と目を合わせて微笑んだ。
「上杉さん、かなり良くなってきたよね」
「いや、本当に成長がすごいよ。最初が酷かったから、って言うのもあるけど(笑)」
 2人は上杉の成長を喜び合っていた。


 その日は順調に対応が進んでおり、もしかすると少し気が抜けていたのかも知れない。
 次に出たお客は、運の悪い事に初めから機嫌が悪かった。
「あんた、どこのオペレーター?」
「あ、はい。どことは地域のお話でしょうか?それとも部署でしょうか?」
「馬鹿かよ、地域に決まってんだろ。東京とか大阪とか聞いてんだよ」

 上杉はイラっとしたが、気持ちを抑えて冷静に答える事にした。
「あ、はい。こちらは北海道札幌市でございます」
「ああ、話にならねーな。北海道ならもういいよ」
 そう言うとそのお客はすぐに電話を切った。
 上杉はイラつきながらも、電話が切れた事にホッとした。

 あんなお客といつまでも話をしていたら、イライラして暴言を吐いていたかも知れない。
 とは言え相手の声が頭に残り、憤懣やるかたない気分で、しょうがなかった。
「なんだったんだよ、北海道じゃダメなのか」

 SVたちの席の上にある天井から、ぶら下がるかのように映像画面が設置されており、お客の待ち人数やオペレーターの人数も表示されている。上杉はそちらに目をやると、お客の待っている人数は多いようで、混んでいる事が確認とれた。
 少し心を落ち着かせる時間が欲しかったが、仕方がないのでそのまま次の電話をとる事にした。

 次の電話はすぐに繋がった。
「いや、あのね。この前、親戚が集まった時にスマホでたくさん写真を撮ったんです。それで、残しておきたい画像をパソコンにも入れたいなと思って」 

 50代くらいの男性のようだった。
「かしこまりました。そうなりますと、まずお客様の情報を確認致します。その後、スマホとパソコン共に案内をする担当部署に代わりますのでご安心下さい」
「ああ、わかりました。あとね、ファイルを作って画像整理もしたいんだけど」
「かしこまりました。今の内容はこちらでのご案内になります。そのため、先に私でファイルの整理を案内させていただき、そのあと別部署の者に代わりますので」
「あ、はい」

 会話は出来ていたが、先のお客から言われた「馬鹿かよ」「話にならねーな」という言葉が頭の中で反芻していた。

 くそっ、離れないな。イライラもなかなか消えない。 
 お客様情報をもらいデータが出ると、すぐにお客のスマホ画面をこちらのパソコンで見られるように繋ぐ操作を案内した。

 相談内容は、過去に何度も案内してきたものだったので問題なくスムーズに案内をし、もうすぐ終わる段階に入っていた。あとはお客の使用しているパソコンのメーカーとバージョンを確認し、別部署へ転送するだけだった。

「あ、あれ?ごめん、さっき1つ目のファイルに入れた画像が1枚見当たらないかも」
「え?1つ目のファイルですか」
 今回、作ったファイルは『親戚の集い』『料理』『旅行』の3つだった。
 お客が見つからないと言っているのは、『親戚の集い』に入れたはずの子どもたちの画像だった。
「あ、そうですね。確かに先ほどお子様が数人写った画像を入れましたよね」

 なかなか見つからず、上杉は冷や汗をかき始めた。

 まずいぞ、よりにもよって画像が見つからないなんて。もしかして間違えて削除したか?代わりのきかない大切な物なのに。

 入社当初の研修で、画像や動画の誤った削除は絶対しないように、と何度も説明された。それこそ、してはいけない失敗の代表として周知されていた。 
 お客様自身から画像削除を希望された場合には、ASVを呼び二人で見ている状態にし、お客様の操作で削除をしてもらう事になっている。
 手元操作が不得手な高齢の方の時だけ、本人から許可を得てから削除をするという厳重の対応内容となっていた。削除した画像の復元が出来る方法もあったりするが、戻すことが出来ない事の方が多い。
 研修で、過去の先輩の例として、間違えて削除してしまい復元も出来ず、お客から激怒された話を聞いていた。最終的に、そのお客からの希望により、毎週、削除した担当者とその上司が相手の指定日に謝罪の電話と対応策の提案を伝える、という行為が数か月近く続いたとも。 

 まいったな、・・・まずい、どこにも見当たらない。案内した時は問題なくファイルに入ったし、間違えて削除した記憶はないけど、なんとも言えない。
 正直、さっきのお客のイライラが残っていて、完璧に集中出来ていた訳じゃない。

「あれぇ、変だなぁ」
 お客はそこまで危機を感じてはいない様子で、焦る上杉の気持ちを和らげたが、それも時間の問題な気がしてくる。
「そうですね、こちらで同じ機種を用意して操作の確認をしてみますので、少々お待ちいただけますでしょうか」
「ああ、大丈夫だよ」
 今は大丈夫でも、見つからなかったらとんでもない事になるに違いない。 

 隣では新藤がオペレーターからの質問を終え、上杉の方を振り返った。上杉は救いを求める顔で、即座にエスカレをした。
「お、上杉さん。保留ですね」
「ああ、新藤。少しやばいかもしれない。画像が見つからなくて、もしかしたらミス削除かも」

 新藤は上杉の青ざめた表情に画像の問題と聞き、一刻を争う可能性があると察した。
「わかりました。焦らず、順に状況を教えてもらえますか」

 これまでの経緯を説明すると新藤は言った。
「そうですか、もしかすると保留中にお客様がご自身で操作した可能性もありますね。案内した画面が録画されているので確認してみましょう」
「お、おう」
「お客様には、もう少し確認に時間がかかるので5分から10分後に折り返しの電話をすると伝えてください」
「わかった」
 新藤は、手元にある書いては消す、の繰り返しが可能なボードへお客様情報をメモした。自身のデスクへもどると、上杉が今回対応した案内画面の録画を再生する準備を始めた。

 上杉は手が震えている事に気づき、2・3回深呼吸をしてから折り返しの電話をした。
 電話の音が上杉の緊張を高める。

「ああ、Dasrの方だよね?ごめんごめん、写真ね違うファイルに入ってたよ。確か案内もらった後にこの画像だけ自分で動かしちゃってたんだよね」
「そうだったんですね!いや、画像の案内時は少し緊張しているもので、気が付かずに申し訳ありませんでした」
「いやいや、僕が勝手に動かしたからね。ごめんね」
 新藤は上杉の方から驚きの声が聞こえ、笑顔の表情に変わっているのが見えたので、作業を止めて様子を確認しに向かった。

 上杉は、横に来た新藤へ伝えようと、ボードに『大丈夫だった、他のファイルにあった』と書くと。新藤は右手の親指を上げてグッとポーズをした。

 お客と、最後に短く談話をし、次の担当へ転送をすると電話が切れた。手汗が滲むのを感じながらヘッドセットを外すと、大きく息をした。

「上杉さん、見つかって良かったですね」
「いや、マジで焦ったよ。画像は本当に怖い」
「疲れたと思うので、後処理を終わらせて少し心が落ち着いたら、ステータスを後処理から会議にしてもらって良いですか」

 後処理とはお客様の対応を終えた後、案内した内容を文章で残す時間の事をさす。ステータスとは、オペレーターが現在何をしているのかパソコン上で切り替える機能で《小休憩》や《昼休み》に《研修》という項目もあり、お客との電話が切れると自動的に《対応中》から《後処理》に変わる。上司がパソコン上で確認したり、お給料の反映にも関連している。
「ああ、後処理したらステータスを会議にだな。わかった」

 上杉は何か嫌な予感がした。

 後処理を終えて、少しすると隣のとなりにいる別チームの桐生将人SVがやってきた。
「上杉さん、さっきの対応の話なんですが。今日はチームの坂口SVがいないので、明日に2人で今回の件について話し合いをしてもらうと思います」

 上杉はやっぱりか、と思いながら固い表情で話を聞いていた。
「あ、はい。わかりました。本当にすいませんでした」
「あ、いえいえ。問題は起こらずに済んだので、今後のための対策案を練るくらいかとは思うのですが。ちょっとのミスが大きなミスに繋がるので」
「わかりました。今後気を付けます」
「いいえ、話は聞いてます。あまり気にせず」
 桐生は自分のチームから声がかかったので、それじゃと言うと、急いでそちらへ向かった。

 新藤が側に来ると、気まずそうに声を掛けて来た。
「上杉さん、すいません。今回のようなインシデントに近い内容はどうしてもSVに報告しないといけないんです」
 そう言うと、上杉に軽く頭を下げた。
「いやいや、わかってる。それに一人で抱えるより、今後のために共有してもらった方が自分としても安心するし。確かに対策は練らないとなって感じた」
 新藤は上杉の変化に驚いた。

 前までは自分中心にイライラしていたり、非がある時もお客様への愚痴が多かった上杉が、失敗を重ねないため、意識を向上しているように感じたのだ。

「上杉さん、成長しましたね」
「成長?いやいや失敗したのに、何言ってんだ?」
「いやぁ、横尾に言ったら喜ぶだろうな」
 上杉は何が言いたいのか理解が出来ず、新藤を奇異な目で見ていた。

 翌日、お客の込み具合も落ち着いてきた夕方に、莉理から声がかかった。
 莉理は、同じフロアにある奥の小さな会議室が空いていると言って上杉を案内し、二人で席についた。
 向かい合うと言うよりは斜めに顔を合わせての話し合いとなった。

 上杉は俯き、申し訳なさそうな表情をしていた。
「もう、何を言われるのかはわかってるんだけどさ。昨日の事だよな?」
 莉理はその言葉を聞いて少し笑うと、上杉はすぐに深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!」


 その言葉を聞くと莉理は優しく頷いた。
「他の人達から、上杉さんが凄く反省していたって聞いてたんで、大丈夫ですよ」
 上杉は頭を上げたが、その表情は悲しそうだった。
「なんて顔してるの、やめて下さい。・・・わざと?」
「いやいや、反省と悔しさだよ。一歩間違えたら大惨事だったかも知れないし。対策案を練るんだろ?」
「そうですね。あのときの画面の録画を見たら上杉さんも移動させているのを見ていたようだし」

「ああ、実はその前に対応したお客が酷くてイライラが消えてなかったんだ。でも、混んでたから、すぐに出ないといけないと思って」
「ああ、そうか」

 2人は、何が1番の要因だったのか、今後も同じ事が起こらないようにするための対応策を話し合った。
「今回は、お客様の勘違いだった部分もあるし、画像もあったから。私より上には報告しないから安心して」
「はい」
「上杉さんは、私の中で次のASV候補だから、今後インシデントがあると上げられなくなる。だから、気を付けて欲しいし、勉強もして下さい」

 上杉は驚いて目を見開いた。
「え?今、なんて?」
「ん?もっと勉強してほしいって」
「その前のやつ!」
「・・・次のASV候補?」
「それ!マジかよ」

 莉理はにっこり笑って言った。
「うん。マジ、私は真剣だよ」
 返事を聞くが早いか、上杉は立ち上がってガッツポーズをとって喜んだ。
「よっし、よっし!やるぞ」
「頼みますね。勉強もね」
「痛い所をつくなぁ。大丈夫だよ、俺は本気になればやる男だから。・・・諦めねぇぞ、絶対にやる。落ち込んでる暇があったら、前に進まないとな」

 莉里は、その姿を見て、笑顔で微笑んでいた。
 会議室の窓の向こう側で桜の蕾がこちらを見ていた、それはまるで咲き乱れる春の訪れを待ち望んでいるかのようだった。

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