哲学ダイアグノーシス_-_コピー

note版 哲学ダイアグノーシス 第十四号  メルロ=ポンティ

<note版>

あなたの想いが哲学になる、

経営者・ビジネスリーダーのための読むエクササイズ

<哲学ダイアグノーシス>

第十四号 メルロ=ポンティ


もう二年ほど前になりますが、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(山口周、2017年、光文社新書)という本が発売され、ビジネス・パーソンたちによく読まれました。私自身もこの本を読ませていただき、感銘を受けました。内容を簡単にご紹介いたしますと、ますます複雑さと不安定さを増してゆくであろうこれからのビジネスの世界において、ビジネス・パーソンにとって美意識を鍛えることが不可欠である、といったことが説かれています。ところでこの本の副題には「アート」という言葉がありますね。この本の影響ばかりが原因ではないのでしょうが、最近、ビジネスとアートが関連づけて論じられることが多いようです。

日本で「アート」といえば、絵画等の芸術作品が連想されることが多いようですね。この本でも、ニューヨークやロンドンで活躍するビジネス・エリートたちが美術館に足繁く通っていることが紹介されています。しかし、ビジネスとアートをめぐって重要なことは、ビジネス・パーソンも美術館に通うなどして絵画等の優れた作品に親しむべきだ、といったことなのでしょうか? たしかに、そういったことも教養を高めるために役に立ちますし、たとえば、同じような高尚な趣味をもったビジネス・パーソンたちの間に、これまでとはちがったかたちでのコミュニケーションが生まれるかもしれず、そういったことが新たなビジネスチャンスにもつながるのかもしれません。実際に、この本にも書かれているように、世界のビジネス・エリートたちは絵画についての造詣が深いのですから、ビジネスのグローバルな展開において、そういった教養は強力な武器になるでしょう。しかし私は、ビジネス・エリートたちがアートに関心をもつ背景には、もっと深い、人間の本質にかかわる次元での問題意識があるように想われるのです。

それは、人間にとってこの世界はそもそもどのようなものであり、人間はこの世界とどのようにかかわっているのか、という問題意識です。つまり、わたしたち人間とこの世界との根本的な関係のあり方を、ビジネス・エリートたちは意識しはじめている、ということなのです。そして、画家に限らず、広い意味での「アート」にたずさわる人たちの営みには、人間とこの世界との根本的な関係のあり方を知るための、大きなヒントが隠されているのです。さきほど、これからのビジネスの世界がますます複雑さと不安定さを増してゆくであろうと申しました。しかしそれはビジネスの世界にのみ限ったことではありません。いやむしろ、この世界そのものが人間にとってますます複雑さと不安定さをましてゆくからこそ、人間の営みのひとつであるビジネスの世界でもまた、同じような状況をむかえようとしているのです。そんな複雑で不安定な状況だからこそ、わたしたち人間とこの世界との「根本的」な関係のあり方に立ち返ることが必要なのです。なぜ人間にとってこの世界が複雑で不安定なものなのか、どうすれば人間にとってこの世界の複雑さや不安定さが軽減するのか……ビジネス・エリートたちがアートに関心をもつ背景には、このような実に現実的な問題意識があるのです。

さて、哲学者の中にも、広い意味での「アート」にたずさわる人々の営みを、人間とこの世界との関係をヒントにして考えて、優れた業績を残した人たちがいます。今回ご紹介するメルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty、1908年~1961年)は、そのように考えた代表的な哲学者です。

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