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No.50/元祖「学校」に入学してきた(2024.02.19)

こんばんは、くのてつです。

昨日は仕事で群馬(館林方面)に行ってきました。

この1年ほど毎月行っていて、いつか立ち寄ろうと思いながら行けていない場所がありました。

昨日は念願叶い、その場所へ行くことができました!最高でした!

その場所はというと、「足利學校」です。

日本史好きで論語に触れている身としてはたまらない場所でしたので、自分の感じたことを整理してみます。

日本最古の學校は令和に生きている

風情ある「足利學校」の入り

入り口に近づくほど雰囲気が溢れる佇まいに興奮してしまいました。

「ここが足利學校か・・・」

とうとうここまで来れたことにテンションが爆上がりです。

足利學校が日本最古と言われるのはこういった歴史があります。

足利學校の創建には「奈良時代の国学の遺制説」、「平安時代の小野篁説」、「鎌倉時代の足利義兼説」などがありますが、歴史が明らかになるのは上杉憲実(室町時代)が学校を再興したところから。

足利學校パンフレットより

「自学自習」の精神を今に伝える教育の原点であり、今ある学校や塾、私が携わるスポーツスクールのように事業の原点がここにあると感じました。

今尚、残るこの「学び場」こそ、何百年もの時代を超えて令和に生きる日本人の普遍的な魂ではないでしょうか。

余談ですが、参観料を払うと窓口の方に「入学おめでとうございます!」とチケットではなく入学証明書が渡されます。

この演出が粋すぎる!

宥座之器

中庸を表す「宥座之器」

「宥座之器」と言えば、孔子が唱えた「中庸」の概念を象徴するものです。

中庸の徳たる、其れ到れるかな。民鮮きこと久し。

不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できるということは、人徳としては最高のもの。

自分にとって「中庸」の徳は、人生におけるテーマの1つです。

子どもの前に立つ人間として、何においても偏りなく在り続けらるように日々の学びがあると思っています。

宥座之器は水を桶に入れていくと、バランスが取れなくなると溢れるシンプルな仕組みです。(※よくできているなぁと思いますが)

不足していてもダメ、溢れてもダメ・・・。

そんなことを想い巡らせながら体感できるのは幸せあり、有り難いことだとただただ感謝です。

こんなミニ宥座之器もある

後世に残したい史跡

「日本最古」というのはもちろんですが、このような史跡は後世に残したいと心底思います。

歴史好きでも、そうでなくても、やはり本質的なことを考える、学ぶという意味で感じてもらいたい場所だと感じました。

少なくとも「室町時代」以降には歴史が明らかになっている訳で、この時代の人々がいて、そんな日本人の祖先のおかげ今がある。

何百年も前の人が繋いでくれた未来を生きている自分たち。

一方で、先日読んだ記事に「今は未来の祖先からの借り物だ」との素敵な言葉も思い出します。

過去の先祖が遺してくれた未来であり、未来から貸してもらっている過去である。

今を全力でやろう!

そんなエールを送ってもらえる場所ではないでしょうか。

未来の日本人に届け!

1668年に作られたとされる「學校」の額
日本最古の「孔子廟」があるのも足利學校(※写真は孔子像)
北庭園から見える「方丈」

※時々やろうかな…この「史跡巡りシリーズ」と思ったり(笑)

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