選択。

AM10:30起床。

なかなか疲れたまってるみたいで身体だるくて重い。

休みの日の朝風呂は空いてなく、パパッと準備してこれ。

よくわからないけど、催し物があるらしく、レンタサイクルで近くまで行き、そこからシャトルバスで頂上付近へ。

頂上、そう、山の頂上。城跡てそんな山登りしてまで行くとは思っていなくて、格好が街歩きだったので服装のミスマッチに意気消沈。

なんとか頂上着いた。

素晴らしい

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◼︎ カフンジャー橋 ◼︎

沖縄市美里にある「カフンジャー橋」に行ってきました。かつてはカフンジャーという川にかけられていて、琉球石灰岩のアーチ型工法の橋です。歴史書「球陽」によると、カフンジャーは大雨になると水流が激しなり、橋がよく壊れました。現在の橋は、大正初期頃に架設されたそうです。

昔々…
山原で仲良く暮らす金持ちの夫婦がいました。 ある時、スクブ御嶽に住んでいる大将が山原に出かけた時、その妻を見て好きになりました

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にふぇーでーびる
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雑記:甲府・甲州市内の武田氏関係寺院

山梨県甲府市は武田信虎が躑躅ヶ崎館を築いて以来、信玄・勝頼と武田氏三代にわたる拠点であり、市内には武田氏ゆかりの寺院や史跡も多く、また信玄を始め武田氏の人気も強い。

そうした武田氏関連の寺院の一つが、古府中町の大泉寺であり、ここは武田信虎の開基で、信虎の葬儀が行われた寺でもある。

大泉寺には武田信廉(逍遙軒、信虎の三子で信玄の弟)が描いた信虎の画像が伝わり、信虎の廟所もある。

廟の裏には三基

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◼︎ 平敷屋タキノー ◼︎

平敷屋タキノーに行ってきました。平敷屋公園にあり、小さな丘にあり勝連町指定文化財に登録されています。公園内の坂道を登って行くと、「平敷屋朝敏彦」の歌碑が建てられています。ここは、景色がいいところでホワイトビーチがよく見えます。

1700年、平敷屋朝敏は首里金城村に生まれ、1734年に34歳の若さで安謝港において「八寸(磔のこと)」にされました。薩摩支配下においては、士族という身分におごらず、農民

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雑記:伊豆韮山界隈の史跡

今回は静岡県の伊豆の国市、合併前は韮山町であった界隈の史跡を一挙紹介。

数年前に伊豆長岡駅でレンタサイクルを借り、韮山駅・原木駅あたりまで足を伸ばして可能な限りの寺院や史跡を回ったが、まずは源頼朝配流の地である蛭ヶ小島。

現在は史跡公園になっており、石碑と源頼朝・北条政子夫妻の銅像が建っている。

韮山駅からほど近い願成就院。

運慶作の国宝の仏像五体を所蔵する伊豆の名刹で、北条時政の開基。

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コルホーズの中国行 二日目(中編)

昼食後、午後からは友人の家の車を使えないらしいので、一端友人の家に車を置いて歩いて大通りまで向かいます。

友人宅の真ん前に有る崖、南京は平地ばっかなのに珍しいな~と思ってたら、なんと明朝の城壁だそう、明朝の時点で、ビルの6階とほぼ同じw

高いw高いよwでも後々の城壁に比べて、石造りではなく土を固めただけの簡素なものでした。

曾水源墓

太平天国の丞相らしいですね、市街地の奥に有るのでなかなか

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ボラボラボラボラ ボラーレ・ヴィーア!!
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雑記:博多湾の元寇防塁

福岡県福岡市内には「蒙古襲来」の通称で知られる「元寇」のうち、二度目の弘安の役に際して、執権北条時宗が博多湾沿いに築かせた石塁が現在も点在している。

そのうち、福岡市西区今津にある元寇防塁は、最も残存状態が良好である。

今津の防塁は日向、大隅の御家人に普請が割り当てられたと言う。

現在防塁の周辺にはフェンスが張られ、近づくことは出来ないが、フェンス越しにもその迫力は十分伝わってくる。

防塁

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◼︎ 唐人の墓碑 ◼︎

恩納村博物館前にある「唐人の墓碑」に行ってきました。ドライブの帰り、道の駅に寄り、休憩をとった後に見つけました。

1824年、中国福建省の商船が嵐のため難破し、乗務員32名中26名が水死、6名が水桶に乗り漂流し、仲泊の浜に流れつきました。しかし5名が死亡、1人が餓死寸前でしたが、仲泊の人々によって助けられ手厚い看護のもと養生し無事帰国できたそうです。死亡した5名は住民により手厚く葬られ、墓前には

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