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名取さなVSディアボロモン#1

はじめに
本作品は、既存の複数の作品を元にした2次創作物です。各権利保有者様の許諾を得ずに製作、公開されています。権利保有者様からの申し立てがあった場合、本作品は速やかに公開停止されます。

2020年 12月27日 バーチャルサナトリウム

 「それ」を最初に見つけたのはねこちゃんせんせえだ。いつになく落ち着きのない彼を見て、名取さなは「それ」の異常に気が付く。
 病室には標本のショーウィンドー、あるいは狂人のコレクションめいて無数のシリンダーが並べられている。その中には人間の脳髄が浮かび、いつ終わるとも知れない夢に微睡んでいる。彼らは備え付けの装置に差し込まれたカセットから電子的幻想を流し込まれているのだ。バーチャルサナトリウムに収容された患者達。名取さなが注意を向けた「それ」も、そのうちの一基だ。だがそのインジケータランプは、他の患者と違い激しく点滅している。外部ネットワークとの接続を示すシグナルだ。治療施設であるバーチャルサナトリウムにおいて、許可のない外部との通信は禁じられている。
「ちょっとー、勝手にネットしちゃダメでしょー?」
 窘めるように、そう話しかける。だが返事はない。完全な無反応。機材トラブルの可能性が、名取さなの脳裏をよぎる。
 名取さなは、異常を示している脳髄に紐付けられたカルテを確認する。外部との交信許可が出たという記録はない。次に彼女は周辺機器を確かめる。目視した範囲では発煙や接触不良などの異常はない。こうなると機器を切断、再起動し再接続を試みたい所だが、彼女の独断では装置を停止することは出来ない。その脳髄は相変わらず外部との通信を継続している。
 ふと彼女は、その脳髄が繋がれているカートリッジを見る。他と何ら変わらない、同一規格のそれ。ラベルには妙に仰々しい縦長の明朝体で、「ゴジラ細胞」とだけレタリングされている。名取さなは嫌な胸騒ぎを覚える。

2020年 12月27日 16時34分 カスミガセキ・ジグラット

 センコめいて頂点の誘導灯を輝かせるジグラット。それはゴジラ襲来後のトウキョウに再建された、日本の政治の中枢である。周辺にそれよりも高い建造物は無い。全てゴジラによって破壊されたからである。
 今やトウキョウは、ゴジラの凍結状態を監視、維持する為の巨大な施設として運営されている。表面上、そこには人々の暮らしが戻り、文明の明かりが再び灯されているようにも見えよう。しかしその実、対核・放射線防壁に囲まれ無数のセンサーが配置されたトウキョウは、ゴジラを抑え込むための巨大な檻だ。そして万が一ゴジラが目覚めた時には、古の言い伝えめいて何万のモータルのしかばねを礎としたオブツダンにさえ成りうる。ゴジラ再覚醒から1時間以内に再冷凍処置が出来なかった場合、国連軍の熱核攻撃によってここは火の海と化すのだ。
 ジグラット最上階の執務室では、総理大臣ヤグチ・ランドウが革張りのソファに座り、伝統的プロトコルに則ったハンコ捺印業務を進めていた。シルバーの機械化アームが自動的に差し出す書類を、職人めいた正確さで承認していく。滑稽なようだが、未だ不安定なこの国を維持するのに必要な業務の一部であった。ヤグチの姿は一見して、涼し気に執務をこなす素晴らしき政治家の鑑に見えたかもしれない。だがその内心は、つい先ほど聞いたインターネット空間内の異常現象に関する報告に細波立っていた。
 数十分前、正確には23分33秒前。文部科学省管理下のメガロ並列UNIXに対し不正接続が試みられた。1度目の接続はファイアーウォールが自動的に弾いたものの、攻撃者はコンマ1秒後、それを回避するように更新された手段を用いて接続再試行した。30秒足らずのうちに攻撃者は合計287回再接続を行った。最終的にファイアーウォールは突破され、それ以降現場スタッフのいかなる防御手段もそれを停止できなかった。現在は緊急プロトコルの発動によりLANケーブルが物理切断され、莫大な経済的損失と引き換えに攻撃は防がれている。
 これだけでも未曽有の対国家サイバーテロと言えた。だがヤグチが真に懸念するのはそこではない。世界中の研究機関や企業が所有するメガロ並列UNIXが、全く同時刻に不正接続されていたのだ。部下が報告する被攻撃対象の名前を聞き、ヤグチは既視感を覚えた。彼は部下に、被攻撃対象の全リストを提出するよう命じていた。ハンコ捺印業務も、それを速やかに確認できるよう別時刻に予定されていた業務を繰り上げた物であった。
「2度ある事は3度4度と続く・・・・・・」
 全ての書類を捺印し終えたヤグチは、己のコンセントレーションを確かめるようにコトワザを呟いた。丁度その時、KNOCK!KNOCK!KNOCK!奥ゆかしいノック音がした。
「ドーゾ」
「シツレイシマス!」
 ドアを開け、数枚の書類を大事そうに抱えた職員が入室する。深く礼をしながら、それを差し出した。ヤグチは立ち上がり、それを受け取ろうと手を伸ばし――奇妙な事に気がついた。KNOCK!KNOCK!KNOCK!まだノック音が聞こえている。
「アイエ・・・・・・?」
 否、それはノック音ではない。卓上、シルバーの機械化アームが何かを探すように、机の上を叩きつけながら探っている音だ!総理大臣の集中を乱さぬようアーム本体が極限まで静音化されている故の錯誤であった!
「アイエッ?」
「これは・・・・・・」
 職員は狼狽し、ヤグチもそのアームの挙動を見守った。アームの動きは激しく、迂闊に手を出せば怪我しかねない。積み上げられた捺印済み書類をまき散らしながら、やがてアームは、ヤグチのハンコを掴み取った。そしてトーフ成型マシンめいて、そのハンコを高速で捺印し始めたのだ!散らばった政治書類の上に、幾つもの「ヤグチ」が捺されてゆく!これもまたテロリストによる攻撃だと言うのか!?
「君!」
「ハイ!今停止させます!」
「違う、それを読み上げてくれ!」
「え・・・・・・ハイ!ワカリマシタ!」
 職員は半ば錯乱していたが、体に染みついた忠誠心がヤグチの指示を遂行させた。ヤグチはアームが何をしようとしているのかまだ理解できなかった――だが、理解できない異常な現象を、彼は何度となく経験していた。それが彼の冷静さを支えている。
「アメリカ合衆国はツナガリ・ビズ社のミカエル、ラファエル、ガラドリエル、シルベ・ユニバーシティのアオイソラ、アオイウミ・・・・・・」
 打刻の如き激しさの捺印が、松明で文字を描く古き祭礼めいて、徐々に文章を形作ってゆく。浮かび上がるのは、『ドーモ』おお、ナムサン!アイサツの文言だ!
「ドラゴン・エンペラー敬意ユニバーシティのアマノガワ改善、シロ・オブ・リージョン、フランスは科学省のズノウ・フラッシュ・・・・・・」
 ヤグチは既に確信していた。職員がリストアップするメガロ並列化UNIXは全て、あの時――アクマじみたあの怪物との戦いで協力を仰ぎ、それに応えてくれた組織のものだ。
「エメツ・マリガン、ドサンコ・ユニバーシティのシロクマ3号、スベカラク社のチエ・ハイパー、それとメガロ並列化UNIXではありませんが、同様の手段で侵入されたアンタイ・カイジュウ・ヘッドクォーターのカイジュウスレイヤー」
 ついにアームは停止し、卓上にはハンコの群れがアイサツを象っていた。職員は息を呑み、ヤグチは息を吐いた。
『ドーモ ヤグチ サン ゴジラ デス』
 おお・・・・・・おお、ブッダ!今もジグラットの窓から見下ろせる凍りついた巨獣、ベイン・オブ・トウキョウが、いかな手段を用いたというのか!?ゴジラは知らぬ間にその頸木を逃れて進化し、ハッキング能力を身に着けたというのだろうか!?
 読者の皆様方には1つ謝罪しなければならない。これは人類が未だ触れたことのない、電子知性体や暗黒の存在達、それらがもたらすマッポーカリプスの、ほんの序章に過ぎないのである。心臓の弱い方は、どうかページをめくらないでいただきたい!

2へつづく

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