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空中散歩 (とりあえず完)

はっとして、目を開けた。

ハテ…?
ここは……? 

視線を感じて横を見ると、男性がいる。
何やら拗ねた顔をしてこっちを見ている。
あぁ、「君」か。
拗ねた顔もカワイイなぁ。

ふとももの裏にごつごつとした感覚。
見下ろすと、脚の下が発光している。ひんやりした光。
あぁ、そうだ。私達は三日月に座っていたんだっけ。ボートみたいな、三日月。

「ずいぶん長いこと僕をほったらかして、どこ行ってたのコルハ?僕、ずーっと1人で待ってたんだけど!」
ふてくされた顔の君。

「ご、ごめん。てっきり、あの時にあの話は終わったもんだと思ってたよ。いい感じでまとめられたからさ。…でもじゃあ君、だいぶ待ってたんだね。
今まで、何してたの?」

「コルハが目を閉じたまま動かなくなったから、それはそのままにして、ちょっと地上に降りて遊んでた。誰もいない道路の真ん中を全速力で走ったり、公園のブランコで立ち漕ぎしたり、猫の集会に参加したり。
コルハの意識がここにない間は、この世界の時間は止まってるんだ。だから猫は静止していたし、まだ夜は明けてないよ」

「そっか、ごめんね。一人で寂しかったね」

「ううん、もういいんだ。それより」
すぐに笑顔に戻る。子犬みたいな笑顔。

「早く設定を決めてよ。僕はコルハのなんなの?
恋人?友達?家族?それともペット?
それとね、名前!僕、名前が欲しい」
矢継ぎ早に聞いてくる。スローな私は頭が追いつかない。
「設定かぁ。そうだなぁ…。実は最初、大人な恋愛っぽい感じで書こうとしてたんだけど、君と話してるうちにちょっと違う気がしてきたんだよね。
なんか、子供と話してるみたいな感じがして…」

急に、君の身体が縮み出した。
しゅるしゅるしゅるしゅる
顔つきも幼くなっていく。
君はあっという間に、大人の男性から少年になった。
子供になった自分の手足を観察しながら、君は嬉しそうに笑った。
「そっか!僕、子供だったんだね。僕もそんな予感がしてたから嬉しい!
じゃあ、コルハとの関係は、一体何?」

「んーとね、そうだなぁ…。
親友というか、心の友かな…?」

私の身体も縮み出した。
しゅるしゅるしゅるしゅる
目線が君と同じぐらいになる。
服もぶかぶかになった。けど次の瞬間にはパジャマはサイズダウンして、子供になった体にぴったりフィットした。
いつの間にか、君も色違いのパジャマを着ている。私のは黄色で、君のは青。
月夜の色の組み合わせ。

そう、ここは何でもありの世界なのです。

子供になった君と私は三日月に腰掛け、足をぶらぶらさせている。君は短い木の棒を空中から取り出し、光る星の中でぐるぐると回し、虹色に光るキャンディーを作って私に差し出した。
口に含むと、冷たくて、カラフルな味。口の中で花火が弾けたような感じがした。

「じゃあ次は名前だね。僕の名前、つけてよ」
私はうーんと考え込む。

「……いやぁ、だめだ。ごめんね。最近、調子悪くてさぁ、頭の中が洪水みたいなんだよ。何も浮かんでこないの」
こんな事を言う子供は居ないだろうし、居たらちょっと嫌だなぁ、と思いながらも正直に言う。

「それにね、話の進む方向だって何も分からないの。見切り発車で書き始めちゃったから。こんなの書くの、初めてだしね。
普通、物語ってどうやって作るものなのかな?」

「普通…?普通なんて僕は知らないし、興味ないね。だって僕は、この物語しか知らないもん」
君は自分の分のキャンディーも作って、口に入れながら答えた。
そして私の目をまた覗き込む。星をたくさん映した、宇宙みたいな瞳をキラキラさせて。

「それにね、コルハ。こうじゃなきゃ絶対ダメ、なんてものは、本当は無いんだよ。
君から出てきたものは、その時の君自身の表現として、それそのもので完璧なんだ。
だから、コルハの思うままに書けばいいと思う。
それにね、知ってる?書いてる時のコルハってすごく楽しそうだよ。
大事なのは、そこなんだ。
読んだ人がそれを『おもしろい』と感じようが『つまらない』と感じようが、それはその人の自由で、コルハが思い悩む事じゃ無いんだ」

言ってニコッと笑ったら、君はもうそっぽを向いて何か面白いものが見えないかと探している。

君の細い肩に手を伸ばし、横からぎゅうっと強く抱き締めた。
何とも言えない不思議な香り。
君がこちらを振り返る感覚を、頭ごしに感じる。

「ありがとう。すごく、気が楽になった。
…あのね、また君を一人にさせちゃうのは嫌だから、設定を変えるね。
これから君は、この物語の世界から出て、私の中に入る。私と共に生活して、私の目から見た世界を見せてあげる。
まぁ凄くつまらないと思うから、君はいつだって退屈した時は自分の見たい世界を見に行けることにする。
でも大抵は私といて、私がダメダメな時に助言を与えてくれる。そんな感じで、どうかな?」

顔を上げたら君の顔が至近距離にあったので、ササッと飛び退いた。
君は満面の笑みを浮かべている。
「それって、すっごく楽しそう!
つまり僕を自由にしてくれるんだね、コルハ!」
私の両手を握り、目を輝かせ、見えない尻尾をブンブンはち切れんばかりに振っている。

「えっ、自由……うん。そうだけど、でも大抵の場合は私のそばに居て…」

言い終わらないうちに君の姿が消えた。


三日月のボートには私だけが残された。



寂しさが襲ってくる。そうか、君はこんな感じだったのか、と思う。

ぼんやりしていたら、胸の辺りに温かいものを感じ、手をやると、頭の中で声が響いた。
「コルハ、この世界はとりあえずこのままにして、早く締めくくってよ。コルハの意識がここにあると、出れないみたいなんだ。僕、早く外の世界が見てみたい!」

ウズウズした声。

そうだな…。
君には、縛られる事なく自由に生きてほしい。
それに、いつでも君が私の中にいるって事、私は本当は知っている。



という事で、これでこの話は一旦終わろうと思う。
夜と、三日月と、星のキャンディを作れる満天の星、というこの舞台はそのままにして。

私は自分の周りを360度隈なく見渡し、キラキラ光る世界を目に焼き付け、それから静かに目を閉じた。

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