クローク

 飛龍の上の二つ並んだ後ろ側の鞍にアマリオはしっかりと固定され、前側の鞍には操者が乗る。
朝の訪れの中、自分の操者の合図に合わせて飛龍の羽の周囲の筋肉がぐ、と動くのを感じた。
「出発します!体調が悪くなった時はすぐに私に言ってくださいね」
操者の声かけに頷くと胃が持ち上がるような感覚がして次の瞬間、アマリオの視界にははるか遠くの地平線が美しく映った。
魔法で軽減していてもまだ強い風や飛龍の筋肉のうねりが襲ってくるが、そんな事を忘れるくらいに美しい光景だ。
「綺麗でしょう」
前方にいる操者がその目をきらきらとさせながらアマリオに問いかける。
「えぇ…凄く」
高所からの落下や落雷、天候による遭難などで危険な飛龍操者という職業を志望する人間が絶えないわけだ、と納得する。
それ程までに価値があると思える景色が確かにそこにあった。
 飛龍での旅を楽しむこと約三時間、四人はクローク国境付近の停留所に辿り着いた。
ここからクロークの関所までは徒歩で十分程だ。
帰りの分のチケットを受け取り、四人はクロークに向けて歩を進める。
少し高い丘を越えると巨大な歯車が見え隠れする関所が見えてきた。
クロークの関所の近くには関所の前を横断するように大きな川があり、そこから水を汲み上げてどこかの動力源にしているのが見て取れる。
「証明書を拝見させて頂きます」
関所に辿り着くと厳しそうな顔付きの門番が列の先頭を歩いていたクラウンにそう言った。
クラウンは自分のマジックボックスから王宮から発行された四人分の証明書を取り出し門番に渡す。
しばらくの間細かく確認していた門番はその後荷物検査などを済ませ、四人の通行を許可する。
「これで検問は終わりです。是非クロークを楽しんでいってください」
強ばっていた表情を解き、優しげな笑みを浮かべた門番は上の開門当番に合図を出す。
数秒で重たげな音を立てて、分厚い扉が開いた。
「行ってらっしゃいませ」
門番に見送られ四人はクロークへと入国する。
「それで…クローク一の技術者を探すんだっけ」
「そうだ。クロークは何処までも実力主義の技術大国。王は世襲制だけど、王から下の役人は全部技術の高さで決まる」
そして千年以上前の資料は基本的に文化財として保護されている。
どうにか上層部と知り合ってそれを見せて貰う必要がある訳だ。
「しかしどう探したものか。クロークは工房の数も技術者の数も数え切れない程多い。そう簡単には」
そう言いかけたマールズを見ていたアマリオの横を赤い何かが掠めたと思った瞬間ぽん、と誰かがアマリオの肩を叩いた。
「おにーさん方!何か探してるの?その格好、セルニからの旅行者の人でしょ?何が欲しいの?クロックワーク?それとも宝飾品?何かの機材とか!?」
目の中に星があるんじゃないかと錯覚するくらいに赤と青の特徴的なオッドアイを輝かせた赤髪の少女が早口にそう訪ねている。
彼女の腕には大量のパーツが見える重そうな紙袋が抱えられていて、その服装や腰の工具類から彼女が何かしらの職人であると推測できた。
「君は…」
「私リゼ!この国でクロックワークをメインに作ってる職人だよ!君は?」
アマリオと同じくらいの歳だろうか、無邪気で朗らかで明るい声はいつかのアマリオの家族を彷彿とさせる。
無意識に肩の力を抜いたアマリオは自然に浮かんだ笑みをそのままに仲間の紹介をした。
「僕はアマリオ。こっちがマールズで、背が高いのがクラウン。その横にいるのがミラだ。よろしくリゼ」
「うん、よろしく!それでさっきの会話が少し聞こえちゃったんだけど何を探しに来たの?案内してあげよっか?」
矢継ぎ早に喋りころころと表情が変わる様は見ていて飽きず、周囲の住人たちも微笑ましそうな顔で彼女を見守っている。
随分慕われているのだろう。
「この国一番の技術者を探してるんだ。リゼは知ってる?」
その質問をした後にいくつか咳払いが聞こえて来たのが気になったが、リゼは更に目を輝かせどこかいたずらっぽく笑った。
「わぉ!いいね、知ってるよ!案内してあげる!せっかく来たんだし道中観光しながら行こう!おすすめの店教えてあげる!」
アマリオの手を取って今にも駆け出しそうなリゼについて行こうとすると、数刻前とは打って変わって冷静そうな顔付きと声色のミラがそれを制止した。
「いえ、私達急いでいて…」
「そう?それならそれでもいいけどさ〜。本当に素敵な所ばっかりなんだから時間できたら見てってよね!」
不満げに頬を膨らませたリゼに妹達が居たら今頃こんな感じなのだろうか、と思って笑いながらアマリオは彼女の機嫌を宥めるように自然に言葉を紡いだ。
「あぁ。用事が済んだら改めて遊びに来るよ。その時はリゼ、案内してくれるかな?」
「もちろん!折角出会ったんだし縁は大切にしなきゃ。私達もう友達だよね!」
アマリオの言葉にぱっ、と表情を明るくしたリゼが飛び上がりそうな程嬉しそうにそう言う。
つられて笑い声をあげながらアマリオはそれに同意した。
「はは、それはいいね」
「じゃあうちの工房へレッツゴー!」
「国一の技術者は君の工房にいるのかい?」
リゼの発言に少し驚きながらリゼの後に着いていく。
「そうだよ。着いたらきっとびっくりするかも、へへ!」
にっ、と笑ったリゼの顔はまるで悪戯を仕組んだ子供のように輝いていて、大人しくその悪戯がどんなものなのか教えてもらおう、とアマリオ達は彼女の後に着いていくのであった。

 それからリゼの後を追い、クロークの市民街のメインストリートを抜け、更に何度か曲がりクロークの城下町に入る。
城下町をさらに進み、城下町の大凡の中央部分に一軒の大きな工房が見えた。
「じゃーん!到着!ここが私の工房だよ!父さんただいまー!」
間髪入れずに鉄製の扉を開け放った向こうに、ずんぐりとした熊のような男がまだ熱の残る炉の前でせっせと剣の刃を研いでいるのが見える。
父さん、と呼んでいることから彼がリゼの父親なのだろうと分かった。
工房の中は細かいパーツや工具が所狭しと並べられていて壮観、という他ない。
申し訳程度の作業机も一部を除いて今は複数のクロックワークに占拠されていた。
リゼがパーツをその一部の空いた机の上に置いてとうとう机の天板が見えなくなったあたりで漸く一段落着いたのか、父さんと呼ばれた彼が振り返り口を開く。
「あぁ、おかえりリゼ。今日は寄り道しなかったんだな。…おや、客人か?」
見た目とは裏腹に低く優しい声をした男はアマリオ達に目を向けてリゼにそう聞いた。
「そう!この国一番の技術者様に用事があるんだって!」
嬉しそうに言うリゼにアマリオは訊ねる。
「じゃあその人が?」
「そ「リゼ、その辺にしなさい。全くお前は人をからかうのが好き過ぎるな」
「へへ、ごめんなさ〜い」
「え、じゃあ…」
この工房には今彼とリゼ以外の姿は無い。
その彼が一番の技術者でないとすれば、つまりは。
「そう!私こそがこの国一番の技術者!クロックワークの申し子リゼとは私の事だよ!」
胸を張って、自慢げにそう言ったリゼはにっこりと笑って手を広げて改めて自己紹介をした。
「クロークへようこそ、私の友達達!」

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