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天職と適職、本業と副業について考える

僕は、高校卒業後、旅をしたり、田舎暮らしをしたり、20年以上、文章と写真の仕事で、フリーランスとして活動してきました。現在は、DIY経験を活かし、空き家再生の「りみんかネットワーク」を主宰しています。

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りみんかネットワーク
https://reminka.net/

また、住所不定、多職のアクティブホームレスという肩書きで、文章、写真、デザイン、大工、マッサージ、ヒーリングなど、自分のスキルを必要な人に届けています。

2017年から、自分自身をみんなにシェアしてもらう「自分シェアリング」を開始。自分ができることを無償で提供し、ダーナ(寄付)によって成り立つ暮らしを実践してきました。


ギフトエコノミーとは
自ら進んで与えることを前提に成立する経済。
需給関係で価格が決まり、
貨幣の支払いと引き換えに
モノやサービスが提供される市場経済とは異なり、
ギフトエコノミーは、
お互いの善意と信頼関係で成り立ちます。
ギフトに対して直接の見返りを期待するのではなく、
見知らぬ次の人に対してギフトを送るという思想、
「ペイフォワード(Pay it Forward)」が根底にあります。

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ギフトエコノミーで暮らそう!
自分ができることを、誰かのために。
https://gifter.life/

上のようなWebサイトをつくったりしながら、約5年間、ギフトエコノミーの考え方をベースに、自分のスキルに値段を付けずに、ドネーション(恩送り)でやってきました。けれども実際は、思っているようにギフトの気持ちが循環せず、あきらめて定価をつけることも考えました。

一方、自分の仕事の価値をきちんと考えて、自分が納得できる金額を決めることを、多くの人が実践するのを見てきました。セッションを受けてくれるクライアントさん自身、決められた対価を払うことで、受け取る覚悟ができるという考え方もあります。

天職と適職、本業と副業

高校卒業後、会社勤めをしたことがなく、ずっとフリーランスで生きていた僕は「仕事=お金を稼ぐこと」とは思っていません。好きな仕事(ライター)だけで暮らしていけなかったころは、お金を稼ぐための副業(警備員)をしてました。

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あなたは天職と適職の違いを聞いたことがありますか?

天職=好きなこと+誰かの役に立つこと
適職=得意なこと+誰かの役に立つこと+お金を得ることができること

適職とは、あなたが生まれつき持っている資質の中で、「お金を得ることができる技能を生かした職業」。たとえば、「私は気配りすることが得意」という人がサービス業に就いた場合、それは「適職」になるでしょう。

一方、「天職」はお金に関係有りません。自分のたましいが喜ぶ仕事、たとえば好きで好きでたまらないこと、放っておくと時間が経つのも忘れて没頭できるようなことです。自分の理想をとことん追求できるし、その仕事を通して多くの人に役立つことができる。それが「天職」なのです。
(江原啓之『スピリチュアル ワーキングブック』より)

20年以上、好きなことを続けていた結果、お金を稼ぐための「適職」をする必要がなくなりました。かといってお金がたくさんあるわけではなく、逆にお金がなくても暮らしていけるライフスタイルに舵を切ってきました。

ここで、アメリカの心理学者アブラハム・マズローの欲求段階(自己実現理論)を見てみましょう。人間の欲求は、下の図のように5段階のピラミッドのように構成されています。

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人は低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を満たそうとします。

第1段階:生理的欲求(食物、水、空気、性等)
第2段階:安全欲求(心身の健康、経済的安定、穏やかな暮らし)
第3段階:社会的欲求(集団の一員、帰属意識、他者との愛情関係)
第4段階:承認(尊重)欲求(自己肯定感、他者からの承認)
第5段階:自己実現欲求(限界への挑戦、創造的な活動)

晩年のマズローは、5段階の欲求階層の上に、「自己超越の段階」があることを発表しました。自己超越とは、利己的に金銭や地位を追い求めることをせずに、他者への献身や平和などを目標にして行動することです。

これまでの人生を振り返ると、個人的には第5段階まで到達できているような気がします。そしてその上にある「自己超越の段階」について、僕自身は「お金のいらない国」を理想としてきました。近代的な経済圏が成り立つ方法としては、プラウト経済主義が現実的だと思っています。

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世界各地域では1〜3万人程の市民からなる自治体が中心となり、食料、電力、医療、教育、住居、家電など生活用品はすべて自治体市民で作られ、誰もが無料で享受する。食料は各家庭に提供される四方の農家で、農薬を使わず自然の力に任せる自然農で自給自足を行う。
https://twitter.com/p_r_sarkar_jp

コロナ騒ぎで実現しそうな気がしましたが、みんなで暮らしを支え合う“お金のいらない国”が実現するのは、まだまだ先になるでしょう。

数年前から、自分の知識や技術を無償でシェアすることを始めましたが、次のステップとして大量にデッドストックしている自分のモノ(本、カメラ、CD、楽器、雑貨等)もシェアしたいと思っています。

2020年春に、山梨県韮崎市にある古民家(5K店舗付き)を入手して、こつこつとリノベーションをしています。

「space 虚空蔵」という名前の由来は、虚空蔵菩薩からきています。虚空蔵とは宇宙のような無限の智慧と慈悲が収まっている蔵(貯蔵庫)を意味し、虚空蔵菩薩は人々の願えを叶えるために、智慧や記憶力、慈悲の心を蔵から取り出して与えてくれるとされています。

これまで、自分の知識や技術、持っているものを無償(ドネーション)で提供してきましたが、今まで自分が持っていなくて、提供したくてもできなかった唯一のものが「お金」でした。

身体を動かすこと=生きること
お金を動かすこと=稼ぐこと

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20代のころ、四国山地の椿山という集落の焼畑作業を記録した『椿山−焼畑に生きる』(民族文化映像研究所/1977年/95分)という記録映画を見ました。険しい山の斜面で焼畑を行なっていて、「どうしてこんなに大変な作業をしているんですか?」と尋ねる場面があります。そこで作業しているおばさんは「なんでかと言われても、これが職業じゃけ」と当たり前のように答えていました。

少なからず、僕はこの言葉にショックを受けました。現代の職業はお金をもらう手段のことで、生活に直接結び付いていません。まずお金を受け取って、そのお金で生きるために必要な物を手に入れています。それが椿山では、体を動かすことが直接生きることにつながり、生活に必要な物を自分の手で作っていたのです。

この映画を見たときに、僕はこういう生活をしたいと思い、新潟県の棚田が広がる土地に移り住んで、お米と野菜を作りながら5年間暮らしました。

高校卒業後、会社勤めをしたことがなく、ずっとフリーランスで生きていた僕は「仕事=お金を稼ぐこと」とは思っていません。仕事は社会や誰かのためにすることで、遊びは自分のためにすることではないでしょうか?

例えば、ベーシックインカムのようなものが始まり、毎月○○万円もらえたら、今の仕事を辞めると思いますか? 月給30万円だとして、ベーシックインカムで30万円もらえたら、その仕事を辞めるでしょうか?

辞めたいと思った人は、仕事はお金を稼ぐことであり、生活のために仕方なくしていることかもしれませんね。

僕は毎月30万円もらっても、今の仕事(マッサージやヒーリング)を辞めようとは思いません。それは、クライアントさんに喜んでもらえることが、自分自身の喜びでもあるからです。「遊び」は自分に対するサービス(奉仕)で、「仕事」は社会に対するサービス(奉仕)だと思っていて、対価が発生しなくてもいいのです(もちろんもらえたらうれしいです)。

そうはいっても、暮らしていくために「お金」は必要です。そこで僕は、やりたいこと(天職)と暮らしのためにお金を稼ぐこと(適職)を、あらためて分けることにしました。20代のころに話を戻すと、天職がライター業、適職のアルバイトは警備員でした。

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けれども暮らしていくためにお金を稼ごうとすると、どうしても時間を取られます。最近、自分の身体と時間をつかってお金を稼ぐのではなく、お金そのものが働いてお金を稼ぐ方法を教えてもらい、目からウロコが落ちました。

 病気で自分の身体が動かなくなると、
 いきなり収入が途絶えます。
 リスクを分散するためにも、
 お金に働いてもらう仕組みを
 持っていたほうが安心できます。

 「お金」はすごく効率的な従業員です。
 ご飯を食べなくてもいいし、
 休まなくてもいいし、
 上司に文句も言いません(笑。
 自分が遊んでいても、部下(お金)が働いてくれます。

とくにコロナの影響で、収入がなくなった人も多いのではないでしょうか? 僕自身、クライアントさんと“濃厚接触”する仕事なので、対面でのセッションがすべてキャンセルになりました。飲食店を経営している友人たちから、お客さんが激減して閉店(廃業)する話も聞きます。

また、自分が怪我をしたり、病気になったときにも、仕事ができなくなり、収入が途絶えしまいます。今までのようなお金の稼ぎかたは、目に見えない大きなリスクがあることに気づきました。仮に、お金そのものが働いてお金を稼ぐ「副業」を持っていたとしたら、自分が病気になっても、定期的な収入は続きます。

労働収入と権利収入の違い

最近、ビジネスセミナーで「ESBI」という言葉を聞きました。ロバートキヨサキ氏の『金持ち父さん貧乏父さん』の中で提唱されている、世の中にある働き方を”収入の得方”で分類した概念です。

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4分割された図でいうと、左側が労働収入、右側が権利収入です。そして上の段が、従業員と経営者。下の段が自営業と投資家です。それぞれの詳しい話は、以下のリンク先で読んでみてください。

僕は高校卒業後、ずっと「S=Self employee(自営業者)」でした。従業員には向いてないし、かといって経営者になる資金もありません。同じ時期にこの投資を始めた友人が、次のようなことを言ってました。

 労働で収入を増やすのは
 足し算で増えていくが
 限界が来る

 お金がお金を稼ぐのは
 掛け算で増えていくし
 無限の可能性がある

労働収入は、どれだけ頑張って働いたとしても「自分一人の労働分しか」収入になりません。一方の権利収入は、「自分以外のお金、人、モノの力」を使って収入が得られるので、入ってくる金額に限度がないし、時間をとられることもありません。

自営業は、自分の身体が資本です。具合が悪くなったり、大きな怪我をすると、その瞬間に収入が途絶えてしまいます。ところが、権利収入を確保しておけば、万が一自分の身に何かあったときでも、継続して収入を得る事ができるのです。

昨年夏から、人生で初めて「I=Investor(投資家)」に足をかけたことで、実際に掛け算でお金が増えています。お金に働いてもらってお金を増やす「適職」を得たことで、「お金のいる国」で「お金のいらない国」のように過ごす方法が、もうすぐ実現しそうです。

また、投資のほかに副業として、物販事業にも挑戦しようと思っているところです。収入の柱を複数にしておくことで、何があっても暮らしていけるような、“自分でつくるベーシックインカム”を用意するつもりです。

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