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読書記録:カズオ・イシグロ『日の名残り』

たまには重厚な文学を読みたいな、と手を取りました。カズオ・イシグロ 著、土屋政雄 訳『日の名残り』(ハヤカワepi文庫)。著者の作品を読むのは初めてで、ノーベル文学賞を受賞した際に紹介されていたプロフィールを流し読みした程度の知識しかありません。

短い旅に出た老執事が、美しい田園風景のなか古き佳き時代を回想する。長年仕えた卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々……。遠い思い出は輝きながら胸のなかで生き続ける。失われゆく伝統的英国を描く英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。

ハヤカワオンライン商品ページより

舞台は1956年のイギリスです。老執事の独白によって語られる、ダーリントン卿の邸宅『ダーリントンホール』で働いた日々。文章自体は読みやすく、しかし読みながら考えることは多くて、ときに主人公の不器用さにイライラさせられるものの、読書そのものを楽しむような素晴らしい時間を過ごしました。

物語を通じて主人公は、執事とはどうあるべきか?という問いに対する持論を何度も語ります。それは最高の執事とはどのような執事であるか?、自分自身はどのように評価しえるか?という問いでもあり、イギリスの邸宅における執事が単なる『しもべ』ではないということを思い起こさせます。

しかし一方で、主人公のダーリントン卿に対する盲目的な尊敬に違和感は拭えません。二つの大戦を通して社会から批判されるに至った卿(架空の人物とのこと)を同じように非難してしまえば、自身が成した世界の歯車のひとつとしての役割、彼の人生そのものも否定しなければならないからでしょうか。

私は、物語のなかで語られる民主主義や政治についてのエピソードをとても興味深く読みました。主人公の回想では二つの大戦の間に秘密裏に行われた政治家たちの会合の様子を、旅の途中では政治について熱く語る農民の様子が描写され、時代の移ろいを感じます。一方で、訳者のあとがきにもあったように、主人公自身はその時イギリスが抱えていた問題について言及していません。それはなぜなのか?という訳者の問いについて、少し考えてみます。

ダーリントン卿が人道的に明らかに間違った決断をしても諌めずに付き従った主人公は、選挙で棄権する人々に重ねて読むことができるでしょうか。『偉い人』に従っておけばいい、という放任主義が社会にとって脅威となりうることを、この数年、よく考えさせられています。ありえない金額が見過ごされるのに、税金は増えるばかり。戦争をしている隣国、ミサイルを試射しつづける隣国を傍観し、間借りしている傘の下が安全かどうかもわからない。

そんな難しいことは執事ごときには分からない、という態度を主人公はまさに執事であることを理由として続けているから。訳者の問いに対する私の答えは、こうなりました。例えば現在仕えている主人が、執事と政治について語り合うことを楽しみとしているならば、その期待に答えるために勉強をするのかもしれません。しかし主人公が熱心に取り組んでいるのはジョークの習得のみで、その道のりは長そうです。

この作品は映画化もされているようです。キャストはアンソニー・ホプキンスやエマ・トンプソンと豪華なメンバーで、それだけでそそられます。しかしあらすじを読むとラブストーリーと書かれていて、まぁ確かにラブストーリーといえばそうだけど、この物語をそれだけで括るのはどうなのだろうとも思います。

ジャケ写もなんだかしっくりこない。90年代の映画なんてこんなもんかしら。これは逆に見てみないと気が済まないレベルです。

ノーベル文学賞を受賞している著者、というだけで堅苦しい物語をイメージして私に理解できるかしらと思いながら読みましたが、それは杞憂でした。それから、イギリスの映画が好きなんだからイギリスの文学も好きじゃん!というシンプルなことに気づきました。ならばブッカー賞受賞作を掘り進めていけば良いのかしら。探してみようと思います。



以下、雑記
*****

しばらく体調が安定せず、ちっともnoteが書けないまま3月も下旬になってしまいました。季節の変わり目は苦手です。

2月の下旬には三重に旅行をしてきたのでそれも書こうと思っていたのですが、あまりに筆が乗らず、ここにちょっとだけ写真を載せようと思います。ヘッダーは伊勢神宮の梅です。

安定の雨夫婦。というか嵐。
宿は部屋から海が見える素敵なロケーションなのに
この有り様。
翌日は晴れました。
手前には露天風呂があり、朝風呂が最高でした。
伊勢海老はまだ生きておる。
ちょっと怖い。
鳥羽水族館はものすごい人出で
人をかき分けながらペンギンとラッコを堪能しました
伊勢神宮は初めて外宮と内宮の両方をお参りしました。
意外に外国人観光客がいませんでした。
赤福の茶屋で、赤福を食べずにいちご大福をいただく


子供の頃に家族旅行で伊勢神宮にお参りしたことはあったのですが、夫婦で行くのは初めてでした。美味しい海の幸をたくさんいただき、伊勢神宮でパワーをいただいた気もします。

今年の冬は北陸の温泉を検討していたのですが、能登の行ってみたい温泉宿は未だ再開が見通せないようで、今回は近場の旅行となりました。はやく日常が取り戻せますように。

今回も読んでいただきありがとうございました!!

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