冬の日の夢

#1ページ創作 番外


  南極大陸が世界覇権を握った結果、あらゆる空調は常に最低温度に設定され、大気中の水分は雪となって吹雪くことを義務付けられた。今の地球を宇宙から見れば、一つの巨大な白い玉のように見えていることだろう。

「寒い」

  それについての部長の感想は単純で、発言も簡潔だった。なにせ部室には暖房なんて豪華なものは無く、誰かが持ち込んだ本を燃やしては暖をとってきた。けれどそれも一昨日に尽きた。

「もう燃やせるものなんてないですよ」

  椅子、机、本棚。全て塵に帰った。だから部室はすかすかで、妙に広い。

  後はもう、二人の服くらいしか残ってない。

「……しかたない。私のを使え」

  僕はぎょっとする。極限状況下でも動物的な本能に従った妄想が産出されて泣きたくなる。

「い、いや、ここは僕が」

「異論を認めるつもりはない」


  そう言って部長は小さくなった焚火を引き寄せる。僕は情けなく目を瞑った。

  ふわり。暖かさが増す。甘い匂い。どんな材質の服を着ていたんだ? 薄く目を開けると、相変わらず彼女はセーラー服を纏っていた。

「なにを燃やしたんですか」

「私の夢だ。お菓子屋さんを開く夢。甘いだろ」

  たしかに、甘い。炎がパチリと勢いよく燃える。人気の無い店のカウンターで寝ている部長が燃えた。

「どうせこんな世界では使い道もないからな」

  部長は炎に手をかざす。また勢いが強まった。今度は潮の匂いが満ちる。

「これはサーファーになる夢だ。でも、もう海は凍りついてしまっただろう。必要ない」

  サーフボードに馬乗りにされて海へ沈んでいく彼女。絶望的に運動神経に恵まれていない。燃え尽きる。

「なんだってサーファーに?」

「燃やしてしまったからわからん。それよりも、さあ、暖かくなってきたぞ」

  そして、部長はいったいどこに隠し持っていたのだろう、色とりどりの夢を次々と炎にくべていく。

  お姫様になった彼女。磔刑にかけられる彼女。新興宗教の教祖となる彼女。社会の歯車として埋もれる彼女。全部燃えてしまった。

  柔らかに橙色の灯りを振りまく焚火に照らされて、彼女は泣いていた。

  「さあ、これで最後だ」

   僕はそれを、多分止めるべきだったんだろうけれど、彼女は有無を言わせなかった。

  燃える夢。

  この部室でぼんやりと虚空を見つめる部長。それを眺める僕を、僕は見た。瞬くあいだに灰になる。

「これだけ燃やせば明日まではもつだろう。そしたら次はお前の番だからな、覚悟しておけよ」

  けれど、僕の番はついに訪れなかった。世界中から集まったレジスタンスが南極の覇権を打ち破ったのだ。長い冬は一晩にして終わった。

  部室の扉を開ける。陽光に溶かされた雪が水たまりの中に崩れ落ちる。空がどこまでも青い。

  ただ、夢を燃やし尽くした部長は永遠に冬の中で凍りついてしまったらしい。空になった部室には、一着のセーラー服が落ちていた。まだ温もりが残っていた。


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