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近頃の若者は世界征服なんて夢を見ない(5)

☆第1話はこちら

前回までのあらすじ~

世界に平和と笑顔を届ける「正義の秘密結社」が日本を統治するようになって50年。

「悪のフリーランサー」であるブラディメアリ、エイトビット、レイヴンの三人は、秘密結社GSMの洋上パーティ会場に乗り込み、要人の娘・チエを誘拐した。

しかし当のチエは、誘拐犯の一人であるレイヴンから不思議と悪党らしくない雰囲気を感じ取る。

彼らは本当に悪人なのか?

そして、誘拐の目的は?

一方でブラディメアリ、エイトビットは月夜の不夜城へと足を踏み入れる。

~悪~


治外法権都市・横浜。

ネオンサインとけたたましい呼び込みたちの叫び声によって、月明かりが雲にか隠されている夜中でも、この街は真昼よりも賑やかだ。

「安っぽい街……」

淀んだドブ川をまたぐ橋を渡り、ブラディメアリとエイトビットは横浜の中枢である「5番街」へと足を踏み入れた。

「お姉さんたち、今夜の店はお決まり?」

「女性向け、子供向け、どっちも取り揃えてるよ!」

「そこの僕、本物のおっぱい触りたくない?」

「ねえ、エイトビット」

「わかってるよ」

エイトビットが手元のゲーム機を操作すると、縄張りに入り込んだ獲物を逃すまいと群がってきた連中が、消滅した。本当に消えたのではなく2人の感覚器官から除去されたにすぎないが、それでもメアリの気分は随分とさっぱりした。

「安っぽい連中……」

しかし呼び込みの人間たちが消えても、この街の生臭さは容易には取れない。

碌でもない手段で搾取された金たちがメアリの視界の端でビル群の姿となって見下ろしている。さすがにそれまで視界から消すわけにはいかない。

「ああ、もう」

メアリは昔からこの街が嫌いだった。この街で、赤月シノブとして生を受けた時からずっとだ。

今、やっと外に出るための力を得たというのに、なぜまた私はここにいるの?

どうあっても私はこの安っぽい世界から逃げられないってこと!?

「メアリ、やめた方がいいですよ、その貧乏ゆすり」

「アンタには関係ないでしょう!?」

「ひっ……」

思わずの、大声。メアリは思考が寸断されるのが嫌いだった。それをされるといつも強い態度が表に出てしまう。特に今回は考えてる内容にもひどくイラつかされていたから。

けれども、だいたいいつも自分の大声に驚いては冷静さを取り戻す。

今日は仕事できただけ。用事が済めばさっさと帰る。なにも問題ないわよ、私。

そうして自分自身に言い聞かせると、メアリは自分の心に平静さが取り戻されていくのを感じた。

それはそれとして。

「メ、メアリ、怒らせて、しまいましたか……?」

「え、なにその態度……きも……」

「ぼ、僕は、そんなにひどいことを言いましたか……?」

眼前の少年、エイトビット。メアリと彼がコンビを組んでそろそろ1ヶ月が経つが、メアリが目にする彼の姿と言えばゲームに没頭しているかムカつく嫌味を垂れ流すくらいなもの。

それが今や年相応の、怯えた少年らしい鳶色の瞳がベレー帽の影からメアリを覗いていた。

メアリはなんとなく口笛でも吹きたい気分になった。

「なに、アンタもしおらしくなったりするんだ。大統領にだって啖呵切りそうだと思ってたけれど」

口笛は吹かなかったが、メアリは声を上げて少し笑った。周囲の注目を集めたかもしれないが、どうせこちから見えはしないと気にしないことにした。

それで、エイトビットの方も調子を取り戻したらしい。

「はぁ、僕をなんだと思っているんですか。苛立っているから心配してあげたのに。全く良心は起こすものじゃないですね」

「えー、ぜぇーんぜんそうは見えなかったけど」

「黙ってください。あなたも消しますよ」

「うわぁこわーい」

「自分が大人気ない振る舞いをしているという自覚はありますか?」

「22はまだ少女なのよ」

「……あれだけ『猟犬』にぶちのめされても元気だということにしておいてあげます」

「いや、あれはマジで死を覚悟した」

そう言ってのけるメアリの口調は軽いが、昨日の戦闘の傷はまだ癒えてはいなかった。

そもそも彼女の誇れるもの(プライド)「血塗れのうさぎ(スーサイドバニー)」は、ほとんど物理的な攻撃を無効化できる代物だ。

けれどそれも無尽蔵の無敵モードではない。

「あと5分戦ってたらーーいや、戦いになんてなってなかったか。あと5分間殺され続けてたら、本当に死んでたわ」

「誇りに溺れて、ですか」

「ええ、そう。私たち悪党は正義のためではなく誇りのために生きている。高潔なる誇りは力をくれるけれど、それに溺れれば自らを忘れた抜け殻となるしかない」

外見上は、メアリはなんて事のない健康体だ。

けれど彼女は、自分の「縁」がガタついているような、今にも体の輪郭が糸のようにほつれて消えてしまうような感覚に苛まれ続けている。

そしてこの症状が進めば、比喩でもなく、彼女の肉体は赤黒い地面の染みとなって戻らないだろう。

「特にあなたの『血塗れのうさぎ』は生と死の境界を曖昧にしますからね。強力な魔法を使えるキャラが燃費も悪く設定されるようなものでしょう。あるいはDPSの高い武器の残弾が少ないようなーー」

「ちょっと、ゲームになんか例えないでよ」

メアリの訴えは、けれどエイトビットにあっけなく無視される。というよりメアリの最後の言葉は、少年には届いていなかった。

メアリの少し後ろ、ネオンの明かりに照らされながら、エイトビットは古びた雑居ビルの前で立ち止まっていた。

「ここ、‘取引先’に指定されたビルです」

「前と違うのね」

「この前は悪党向けのバーでしたが、ここは‘取引先’のオフィスが入ってるとか」

「あー、つまり……」

メアリは、なるべく品のいい言葉を探してみたが、特にこれといったものは見つからなかった。しかたなく、初めに思いついた通りの言葉を口にする。

「‘悪の組織’の本拠地ってわけ」

エイトビットは頷くことすらせずに、既に先にビルへと入って行くところだった。

つづく



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