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秋の色と痛む骨

2011/11/21

紅葉が真っ赤で。
空は真っ青で。
銀杏は真っ黄色で。

きれいだねぇ きれいだねぇ と言いながら私は、病院の敷地内の遊歩道を散歩する。何も応えない母を車椅子に乗せて。

「お母さん、ほら見える? 可愛いね」と言いながら私は、母の硬い首を少しだけ、花壇の方に向ける。

母の顔筋はぴくりとも動かない。外気に触れるのは嬉しいらしいのだが、季節を感じて喜びに震えるほど、今日の母は潤ってはいない。

「脇っ腹が痛い」と、母が眉間を曇らせる。母の左側の脇腹に手を当ててみると、太い骨がくっきりと触れる。

ああこの骨ね、この骨が当たるのねと、私は自分のマフラーをはずして折り畳んで、母の脇腹と背中の間にしのばせる。

しばらくするともう一度母が「脇っ腹が痛い。もう帰ろう」と言うので、病院内の散歩はやめにして、病室に戻った。

「お痩せになってるからね」と、看護師長さんは言う。母の身体にはもうほとんど肉がないので、骨がダイレクトにぶつかってしまうのだ。

母の体重は今、32キロほどだという。最盛期には60キロほどあった人だ。それでもこれだけ痩せて骨と皮だけなのに、まだ32キロもあるというのはやはり、背が高くて骨格がガッチリしているからだろう。30キロを切ると危ないらしい。

「脇っ腹をさすってよ、背中も痛いのよ」と母が言うので、しばらくの間、母の背中の骨を擦り続けた。なんだか触れちゃいけないものを触れているような感覚。

今日の母はまったく呑み込めず。水をほんの少し口に含めば、すぐに痰で戻ってくる。おやつのコーヒーゼリーを一口入れても、なかなか呑み込めず、呑み込んだように見えても間もなく、戻って塊のまま吐き出される。

「美味しいから食べる」と、母がコーヒーゼリーに執着を見せるので、とりあえず口に入れて味だけ楽しみ、そして吐き出せばいいと思って、母の望むようにした。

母が欲しがるままコーヒーゼリーを5~6匙、お茶のゼリーを3匙ほど含ませたが、完璧なほどにすべて、吐き出されてしまった。

母は目を見開いてじっと私を見つめながら、必死に呑みこもうと喉を絞るように動かすのだけれど、今日の母にはもう、呑み下すだけの力がないのだ。

「もう、いやになっちゃう」と母は言う。
「ほんとうだよね」と、言うしかない。

「でもお母さんの病気はコロコロ調子が変わるのが特徴だから、今日は食べられなくてもまた食べられる日もあるからね、今までだってそうだったでしょ」と、母を宥める。


帰り際、喉が乾燥してたまらなかった私は、母から少し離れて、後ろを向いてこっそりと手もちのお茶のボトルを開けてコクリと呑んだ。

振り返ると母が、「ゴクゴクお茶呑んで、いいなあっ…」と、小さな子供が拗ねるみたいに哀しい顔をする。

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