足跡の世界


 眼前に広がるのは、無尽の荒野。
 見渡す限り、何もない。
 私は何故ここにいるのか、そんな事を気にするより先に心が躍った。
 一歩、踏み出す。
 また一歩、前に進む。
 振り返れば、荒野に私の足跡だけが残されていく。
 とても心地よく、嬉しい。

 歩く、走る。
 時には宙に身を躍らせながら、無指向に飛び回る。
 スキップしたり逆立ちしたり、思い切り跳んでみたり。
 そうして刻まれた足跡は、やがて意味を持つようになった。
 木が芽生え林に育ち、森となった。
 様々な色が飛び交い、物語が生まれた。
 その様を眺めるたび、私は嬉しくなる。
 嬉しくって嬉しくって、いよいよ力の限り踊りまくった。
 無尽の荒野には、無数の足跡。
 長いの短いの、太いの細いの。
 足跡で描かれた、私だけに見える美しい世界。
 足跡で刻まれた、私だけが読める楽しい物語。

 私の歩いた道が、世界になっていく。
 あぁ、これが人生なんだ!

 ある日、不思議な事が起こった。
 いつも通りのステップで、足跡が半分だけしか付かなかったのだ。
 おかしいな、なんでだろ。
 爪先を立ててトントントンと地面を突けば、そこに足跡が出来る。
 うん、ちゃんと付くわね。
 すぐに身を翻し、舞う。
 足跡からはまた、世界が生まれる。
 私は、満足げに頷いた。

 その現象は、徐々に回数を増やした。
 その内踊っているよりも、立ち止まっている事の方が多くなってきた。
 不安に駆られながらも、運動を続けていく。

 そして遂には、足跡は付かなくなってしまった。
 何度踏んでも、足跡が増える事はない。
 世界は変わらずあり続け、静かに描かれるのを待っている。
 じっと眺め続ける、私の世界。
 その視線がまた、私に焦りをもたらす。

 踏む。
 踏み躙る。
 飛び跳ねる。
 地面に体を擲つ。

 どんな事をしても、何の跡も残らなかった。

 私は悲しみに暮れて、ひたすら泣いた。
 泣いて泣いて、泣いた。
 泣き疲れて倒れた時、体が軽くなったのを感じた。
 涙の分だけ軽くなった体は、ふわり空へと上り始めた。

 ジタバタと足掻くけど、どうする事も出来ない。
 何かにしがみつこうにも、ここは荒野の真ん中。
 プカプカと私の体は、上空へ。
 どこまでもどこまでも浮いていく。

 眼下には、私の足跡の世界。
 木々が生え、美しい世界。
 人々が行き交う、楽しい世界。
 とても広く、小さな世界。

 それを遠くに眺めながら、空に浮かび続けながら私は分かった。

 あぁ、これが人生なんだと。

 ペンとして生まれた私の人生の、終わりなんだと。


※いらすとやさんからお借りしました。

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