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【曲からショート】空にキスをするように

雑踏の中、向こうから歩いてきた女の人が「あ」という口をした。

顔全体で驚いていた。

きれいな人。私の知らない人だ。

横を歩く彼を見たら同じ口の形をしていた。 


休日の人通りは多い。

足を止めるのは無理なので少しだけ横に避けた。街路樹の下が陰になっている。

「久しぶり」

女の人が言った。私でなく彼に。

「久しぶり」

同じように彼も返す。それ以上は言葉がないように。


3人で日陰に入ったけど、私の居心地はすこぶる悪い。私を通過して交わす視線。

「彼女?」

しばらく置いて女の人が言った。

目を合わせなかったが私を見ている。

「うん…」

困ったような声が聞こえた。気のせいかもしれないけど。


「呼び止めてごめんなさい。元気そうで良かった」

顔をあげるとまっすぐに私を見ていた。

ごめんなさいは私に。元気そうでは彼に言ったのだ。

「じゃあ元気でね」

軽く手を振って彼女は日陰を出ていった。背筋の伸びた白いワンピース姿で。

確かこちらに向かって歩いて来たのに逆方向に歩き出した。


「モトカノ…だよね」

呟いた私に彼がハッとするのが分かった。

「まぁ昔ね、ちょっと付き合ってたかな」

すまなそうに笑う。

謝らなくていいのに。

それぞれ恋の歴史があることくらい分かっている。


「行こうか」

日陰を出ようとした彼に私は言った。

「なんだかトイレに行きたくなっちゃった。この先のビルに行ってくる」

通り沿いの商業施設を指差す。

「ここで待っててくれる?」

彼を残して背を向けた。


建物の中は冷房が効いている。

少しクールダウンできるかも。エスカレーター脇のソファーに腰掛けた。


嘘をついた。

本当は彼を1人にしてあげたかったのだ。

消えていく白いワンピースを彼は目で追っているはず。

きっとすごく好きな人だったと思う。それは女の人も同じだったんじゃないかな。

偶然ばったり会っただけで口もきけないくらいなんだもの。

一瞬で時が戻るくらい情熱的な恋だったに違いない。

私は冷静に分析していた。まるで他人事のように。

本当は悔しい。

私だけを見て欲しいと思う。

でもそれ以上に恋を手に入れる辛さを知っている。

上書きしても記憶は完全には消えない。

どこかで思い出してしまうのは止められないことなんだ。私も彼も、あの女の人も同じ。


口の端に力を入れて背筋を伸ばした。ソファーから立ち上がる。

冷えた肩を撫でながら外に出た。


さっきの場所に彼が立っている。私の方を見ていた。気付いて手を挙げる。

大丈夫、私は彼が大好きだ。


ふと見上げた空は、ずっとずっと遠くまで青かった。

チャレンジ3日目。調子に乗って連投です😁


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