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遺書

みんな、今までありがとう。

僕なんかには勿体ないくらい、素敵な人生を歩ませてもらった。

本当に、感謝している。みんなが居たから僕はここまで僕らしく生きることができた。こんなに幸せなことはない。

みんながこれを読んでいる今、僕はきっと遠いところに居るだろう。

いや、違うな。
というより、僕が遠いところに行ったら、そのときに改めて読み直して欲しい。


今、世の中は大変なことになっている。増え続ける感染者の数を知っては暗い気持ちになり、つい溜息を吐いてしまう。しかもそんな中、国は「後藤キャンペーン!後藤キャンペーン!」とワケの分からないキャンペーンを押し付けてくる。誰がGoToだ。僕はSaToだ。なんならSAT-TUN(サトゥーン)だ。ギリギリでいつも生きていたいのだ。そうでもないけど。

しかし、よくよく考えると、別に例のあいつが猛威を振るわなくても、僕たちは明日にでも、むしろ数秒後に死んでしまうかもしれない。交通事故や何かしらの他の病気で嘘みたいにあっさりと死んでしまうかもしれない。今こうしている間にも、ワクチンなんてとっくに出来ているインフルエンザに感染して命を落としている人の方が圧倒的に多い。不慮の事故で亡くなる人も多い。

僕たちは意外と死線と並走して生きている。
今日の今日まで“たまたま運良く”、自分の世界線とそれが交錯していないだけだ。

綱渡りをしているような、薄氷を踏んで歩くような、そんな気持ちになってしまう。別にあの新型のあいつがどうこうじゃない。あんなものは切っ掛けに過ぎない。そうだ。僕たちは弱い。勘違いして驕っていたようにすら思える。僕たちは弱いんだ。なんで忘れていたんだろう。

明日交通事故で死ぬ人も、これから余命宣告をされて一年後に死ぬ人も。
今日は普通に目覚め、何の変哲もない朝を迎え、大好きな家族と、大好きな友人と、笑い合って夜を迎え、「また明日」と手を振り別れるのだ。

なんとなく最近そんな事を思っている。不思議と落ち込んだりもしないし、だからと言って、特別「生きているうちに愛を伝えよう!」とも思わない。ただ普段通りの小さな幸せを噛みしめながら、粛々と日々を生きる。それだけである。それだけで十分だ、と思っていたのだが、昨日ふと

「そうだ。今のうちに遺書を書いておこう」

と、思い立った。急に何故そうなるのかは自分でもわからないが、深く考えるよりも先に指先がフルオートで文字を打ち込み始めた。こういうときの衝動には身を任せることにしている。それはきっと己の本能が何かを伝えたがっているからだ。

今のうちに遺書を書いておこう。
いや、全然生きていくけどね。まだまだ生きたいし、今のところ死ぬ予定は一切ないけど。
ただ、その瞬間ではもうきっと遅いから。今のうちに。書き遺しておく。



まず同級生の中村。
元気か?俺は元気だ。死んじゃったけど。死ぬちょっと前までは元気だった。心配するな。
二人目のお子さん生まれたんだってな。おめでとう。
一緒にメシを食いに行ったときに「鮭とイクラの海鮮親子丼」を頼もうとしたのに、どこをどう噛めばそうなるのかわからないけど
「サケとシャーモンのきゃぼぼ丼」
と注文したお前も二児の父か。俺らもおっさんになったな。笑えてくるよ。鮭とサーモンは同じだぞ。言っとくけど。

お前はよく俺の実家に来ては数時間無言で漫画だけ読んで帰っていたな。社会人になってから、同じバンドで活動するようになって貧乏ツアーを一緒に回ったり、楽器だけ持って一緒に上京したりと数々の修羅場をくぐってきた仲間だ。一度打ち上げで先輩バンドの人から「お前ずっと裕らくと一緒に組んでるけど何がそこまで魅力なワケ?」と聞かれていたな。あのときの答えは一生忘れない、っていうか死んじゃったから正確に言うと、死ぬ瞬間まで忘れなかった。
「んー…なんでしょうね。魔法陣グルグル全巻持ってるところかなぁ
そう言ってくれたな。ありがとな。今すぐ俺の実家に行ってその「魔法陣グルグル」全巻持って行ってくれ。形見分けだ。「るろうに剣心」と「烈火の炎」もいいぞ。持ってけ。

次に小田。
お前は自他ともに認める俺の親友だ。保育園時代からの付き合いで、若い頃は傍若無人な振る舞いをしていた俺のことを見放さずに今でも友達付き合いを続けてくれている数少ない友人だ。良い奴だけど、ドMでクールガイなお前も中村同様、二児の父だな。息子さん、小さい頃のお前にそっくりで写真見るたびに顔が綻ぶよ。
上京してすぐにお前とルームシェアをした数年間は本当に毎日が冒険みたいにワクワクした。喧嘩もたくさんしたけど、楽しかったよ。その中でも一番激しかった喧嘩の原因は「冷蔵庫に入ってた納豆を食ったかどうか」だったな。あのとき俺は「食ってない、知らない」と言い張ったし、なんならお前が引くくらいキレたけど、ごめん。あれ、俺が食った。しかも「ちっ、こんなもんしかねーのかよ、しけてやがんなぁ」って悪態つきながらご飯にかけて食った。超ごめん。
そういえば、俺がある日バイトを終えて帰ってきたら、リビングで女の子と一緒にコーヒーを飲んでたこともあったな。あの時はびっくりしたよ。無骨なお前しか知らなかった俺は、いつもよりも断然柔らかいトーンで会話をするお前を見て、すぐに「あぁ、この娘が好きなんだな」と気づいたよ。
その後、その女の子はお前と一緒に部屋に行き、しばらくして人の泣き声にも似た嬌声めいたものが聞こえてきたから俺は思わず気を遣ってヘッドホンで音楽を大音量で流しながら夜を明かしたもんだ。
朝になって女の子を駅まで送ってお前一人で帰ってきたとき。
そのときになって俺は、お前の目が赤く腫れていたことに、ようやく気づいたよ。
「えっ、目ぇ赤くない?もしかして泣いた?なんで?」
驚きのあまりつい真正面から訊いてしまった俺にお前はぶっきらぼうに
「あ?フラれたからだよ」
と答えたな。
「えっ、えっ、フラれたって、昨晩はお楽しみでしたよね?嬌声が聞こえましたけど……」
と頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら訊ねる俺にお前は、
「あれは俺がフラれて泣いてた声だ!」
と絶叫してたな。あれは今思い出しても泣けるよ。いや、泣いてる泣いてる。全然笑ってないよ。大丈夫。小田、大丈夫。俺が書くお前のエピソードは、なんかいつもフラれてるような気もするけど大丈夫だから。
まだまだお前とのエピソードはあるけど語り切れない。お前には俺が読んで捨てるに捨てられなかった小説と、あとCDを全部やる。お前の趣味ではないかもしれんが、貰ってやってくれ。

次、両親と弟。
おかん、親父には俺のスマホを。娘の、産まれてすぐの頃からの動画がこれでもかという程入っている。俺の血を分けた子供の記録だ。先立ってしまって申し訳ない。俺は輪廻転生とかイマイチ信じてないんだけど、もしまた生まれ変わったら、そんときゃまた俺の両親になってほしい。次はちゃんと一流の学校に行って、一流企業に勤めて、毎年ハワイに連れて行ってあげる。
あ。あと「給付金振り込まれたら返すから」つって借りた二万円。あれ、嫁は知らないから、一応嫁に言ってみて。
それから弟よ。着払いの郵送でも構わんから俺のエレキギターを返せと、二十代後半の頃から再三言ってきたが、今更だしもういい。お前んとこで大事にしてやってくれ。それには俺の短い音楽人生のすべてが怨念のように籠っている。あと生々しい話にはなるが、それは20万円くらいしたやつだ。機材込みで言うともっとだ。眠らせておくには少々勿体ないから、たまには弾いてやってくれ。……念の為言っておくけど売っても2万くらいにしかならんぞ。売るなよ。

そして嫁、悪いけど後は頼んだよ。
19歳の頃から付き合ってきたが、別れの時だ。ありがとう。本当に幸せだった。
付き合い始めの頃、君は年上のお姉さんだから背伸びしようとして、過去の彼女の話とか、大人の階段を既に上ってます的なイキった発言を散々したけど、ごめんなさい。全部嘘で、ガッチガチの童貞でした。
「童貞界のカリスマ」「童貞界の変幻自在のトリックスター」という異名すらあった。まぁ、鋭い君の事だ。多分バレてるとは思うけど、一応言っておく。
多額の保険金が入ると思うけど、無駄遣いせず、慎ましく暮らしてくれ。君にはその辺の心配は無用だろうけど。
いろいろ苦労をかけた。マジで苦労をかけまくった。ごめん。もし、万が一、死後の世界があったら、そんときゃ常に見守るよ。
あと、最後にもう一つ謝りたい。「多額の保険金」って言ったけど、多分そんなに多額でもない。最後の最後で見栄張っちゃった。そういうとこあるよね。

娘よ。
寂しい思いをさせてしまうかもしれない。ごめんね。
基本的に胸を張って言えることが少ない人生ではあったが、これだけは胸を張って言える。
これから先どんなに辛い事があっても思い出して欲しい。
君はママとパパが心から望んで生まれてきた命だ。本当に、本当に大切に想ってきた。そしてこれからも想い続けていく。「いや、そんな事言っといて、あんた死んでんじゃねーか」と思うだろう。パパの血を引いてるから間違いなくその辺の矛盾につっこむだろう。いいぞ。素晴らしい。でも、これは本当だ。パパは現実主義者だから浪漫とかまったくないけど、これだけは断言する。死しても尚、パパは君の事をずっと想っている。辛くなったらいつでも呼びかけなさい。目を閉じてパパを思い浮かべなさい。そのとき、君の瞼の裏側に浮かぶパパの姿はちゃんと君が望む言葉を掛ける。優しく肩に手を添える。頭を撫でる。これだけは約束するよ。
あと、いつまでも動画ばっか観てないで早く寝なさいよ。なんだ、あの、ちょっと名前は出せないけど、ド素人がやってる人形劇ばっか配信してるあのクソチャンネルは。全然面白くないぞ。なんだあれ。ママといつも
「ねぇ、これ何が面白いのか全然わかんないんだけど」
「本家の動画もあるんだからそっち見ればよくない?」
と首を傾げている。意味がわからんぞ。いい加減にしなさい。落語聞きなさい。落語。

他にも友達何人かいるけど、お前らには適当に残った何かをやる。持ってけドロボー!……とか言っても、中村と小田以外に友達ってあと3人くらいしか居ないような気もするんだけどね。見てる?頼んだよー。

そして、noteで仲良くしてくれたみんな。
本当にありがとう。音楽という夢に破れた僕が、空っぽになって、流れに流れて、余生を「ただの消化試合」だと決めつけて、それでもただただ壁に向かって独白と馬鹿話を延々話し続けてきた日々を、みんなが意味のあるものにしてくれた。みんなが僕に意味を持たせてくれた。そう、本気で思っている。感謝しかない。すべての出会いに感謝しかないよ。
当然、お会いしたことのない方からすれば元々実在するのかどうかも怪しいところだとは思うけど、確かに僕は存在し、そして死んだ。この世から肉体がなくなった。それで、少しではあるけど、貴方の知らない誰かが涙を流した。これは事実だ。
だから、どうか、僕がここに存在した証を。その証明を。みんなに託したい。
僕の過去作は僕が死んだ時点でただのフリー素材になった。
もし、何か、どこか、貴方の創作で使えそうな部分があれば、どんどん持っていってほしい。僕の想い、記憶、意味を。欠片でもいいから、貴方の作品に埋め込んで欲しい。丸々持って行ってくれても構わない。
そうしてくれたら、その度に僕の存在意義が息を吹き返す。
何度でも、何度でも、僕は蘇生を繰り返す。


生まれてきて良かった、と。


そう言い残せる人生が僕の夢だった。


その夢を叶えてくれたのが、他でもない、僕が今まで体験してきた出来事と、僕が抱いてきた想いと、僕と今まで出会ってきてくれたみんなだ。

思い残すことなんて何もない……こともないけど、まぁ、ない。あるけど。
ないってことでいいや。


本当に、ありがとう。

ありがとうございました。


さようなら。





お金は好きです。