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嵐の先で逢いましょう

人生とは悔恨の連続である。

「あのとき、ああしておけば失敗しなかったのに」
「あのとき、あっちを選んでいたら良かったのに」
「あのとき、もう一押ししたらヤれたっぽいのに」
多かれ少なかれ、数々の「ああしていれば…」を心に抱え我々は生きている。

しかし、この場合はまだ救いがあるとも言える。
この先また似たような状況に立たされ、再び選択肢を迫られた際に解決策が明確にわかっているからだ。

最も救いようがないのは
「あのとき、どうしたらよかったのだろう」
という未だに答えが見つかっていないパターンだ。


少し友人の体験談を紹介したい。
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大学時代、家庭教師のアルバイトをしていた友人(女性)は降り立った駅で途方に暮れていた。
その日は台風が直撃していて雨風が凄まじく、生徒の家まで行くのも困難に思えるほどだ。

「これ、今日は無理かな……」

そう思い、生徒の女の子に電話をかけるも全然繋がらない。

ここで帰ってしまえばいいものを、生真面目な性格の友人は
「もしかしたら、自宅で自分が来るのを待っているかもしれない」
という責任感から、迷った挙句覚悟を決めて駅構内から飛び出した。

ずぶ濡れになりながらやっとのことで生徒の家に到着した友人は後悔していた。

家には生徒の父親しか居らず、その父親曰く
「先生もこんな嵐の中わざわざ来ないでしょ」
と娘と母はせっかくの休日だし、と買い物に出かけてしまったとの事だった。

父親は平謝りし、すぐに母親に連絡を取り電話越しの母娘にまたひたすら謝られ、
何故か友人も「いえいえこんな嵐の中来てしまってすみません」と、登場人物全員による謝罪合戦がようやく落ち着いた頃、父親が

「すぐに戻ってくるという事なので、申し訳ないけど少しだけ待っててもらってもいいですか?」

とコーヒーを淹れてくれた。


「今、お茶菓子も持ってきますから」
と、台所まで行き、あちこちの戸棚をバタンバタン開け閉めする音が聞こえる。
普段からあまり台所に立たないのか、お茶菓子はおろか、何処に何があるのかも把握してないようである。

「あ、いえ、お構いなく!」

と言うも、「そうはいかない」と譲らない父親。

(却って気を遣わせてしまったかな)
そう思いながら、若干の気まずさを感じていると、やっとのことでお茶菓子を探し当てた父親が台所の方から戻ってきた。

「どうぞ」と、いかにもお菓子が入っていそうな小さな籠がテーブルに置かれる。


その中に入っていたのは、小さく包装された沢山の

“ロリエ”

だった。

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友人はその話を僕にし、最後に冒頭の台詞を口にしていた。


「あのとき、どうしたらよかったのだろう」


確かに。
どうしようもない。
普段家事をしないが故に何処に何があるのかわからないのは仕方が無い。
でも、お菓子と生理用品を間違えるかね。普通。
よほど抜けた方だったのだろう。(僕もあまり人の事言えないけど)

あれから十年近く経っているが、友人はきっと未だに正解を見つけられず、悩み苦しんでいるに違いない。

本当にどうすればよかったのだろうか。


「お父さん、これは立派なセクハラです。次は法廷で会いましょう」

と席を立てばよかったのか。
いや、それはあんまりだ。
わざとならその手もあるかもしれないが、流石に善意を無碍にするのも忍びない。

かと言って

「あ、いいんですか?良かったー。そろそろなんですー」

と言って二、三個貰って鞄に詰めるのも少々品がない。

では、

「あーそうそうそうそう。これね。はいはい。大好物なんです、これ。いやー、美味しそうなロリエ……って生理用品やないかーい!」

とノリツッコミをしてテーブルをひっくり返すか。

個人的にはこれが一番正解に近いような気もするが、世間一般的にこれが通用するかとなると些か不安である。

もういっそのこと

「あ、いただきまーす。おいしー」

と食べちゃう、とか。

あ、いいね。それ。嫌いじゃない。
ここまで来ると、もはや狂気の沙汰だけど。

……と、まぁ。
いろいろと案は出たけど、どれも決定打に欠けた。

「ちなみに、結局どうしたの?」

と聞いたところ、

「いや、ひたすら遠慮をするフリをして一切手を付けなかったけど」

と。


正解、それやないかーい。

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人生とは悔恨の連続である。

多かれ少なかれ、数々の「ああしていれば…」を心に抱え我々は生きている。

しかし、結局のところ思い返してみればそのとき選んだ選択肢が意外と的を得ていたりすることは往々にしてある。

要は過ぎたことをくよくよするな、と。

そういう事である。おしまい。

追記。

今回の記事を投稿するにあたって、久々にその友人と連絡を取ってみた。

いや、忘れとるやないかーい。

お金は好きです。