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貴方が笑えばそれで、

三年ほど前だったか。
久々に連絡をくれた友人から、あいつが亡くなったとの報せを受けた。

正確に言うと、随分前に亡くなっていたのがわかった、との事だった。

“あいつ”というのは僕が都内で売れないバンドマンをやっていたときのギターを担当していたメンバーだ。

あいつと僕は何かとウマが合い、たまたま家が近かったこともあってバンド活動以外でもよくつるんでいた。
物静かで、おっとりしていて、マイペースで、人類史上類を見ない方向音痴で、女子が飲みそうなカクテルばっかり注文する平和主義者。
でも意外と芯が強くて、自分が納得いかなければ何があっても譲らない。
そして、どんなに面白い事があって笑ってても、なんだか儚げに笑う。
そんな奴だった。

あと、自分で言うのもなんだけど。あいつは僕が書く文章のファンだった。
当時からくだらない長文を書き連ねる僕のこの悪癖は健在で、
「読んだよ、あれ。面白かったよ」
そう言っては、よく笑っていた。あの儚げな笑顔で。

バンドが解散してお互いに音楽活動を辞めた後も付き合いは続いていた。
でも僕が就職をして、結婚をして、娘が生まれてからは連絡を取り合う事すら殆どなくなった。
毎日があっという間に過ぎていき、そんな余裕もなかったからだ。

そんな状態だったから、当然あいつの好きだったくだらない長文もめっきり書かなくなり、何かしらの文章を書くと言えばSNSで軽く近況報告を投稿する程度になってしまった。

たまに「あいつ何やってんのかな」と思う時も勿論あったけど、
相変わらず、京王線中河原駅を出てすぐの、しみったれたビデオ屋の前を通って辿り着く、あのアパートの一室で今も暮らしているのだろう、そう思っていた。

冒頭の友人の話を聞くまでは。

学生時代の友人達が同窓会の招待状を送るも返事がなく、連絡もつかないので実家に問い合わせてみたら、そこで初めて発覚したのだと聞いた。
葬儀も行わず、親御さんからは「あまり言い広めないでほしい」と言われた、とも。

「詳しい事がわかったらまた連絡するよ」

そう言って友人は電話を切った。

僕は悲しいというよりも、ただただ呆然としてしばらく何も手に付かなかった。

察しの悪い僕だって流石にわかる。
あいつの最期がどんなものだったか。
なんとなくだけど、流石にわかる。

どうして、僕に何も言わずに決断したのだろう。
どうして、悩みを打ち明けてくれなかったのだろう。

そう思いかけたところで、やっと気づいた。

SNSで「結婚しました」「娘が生まれました」なんて嬉々として報告してる僕に、
「死にたい」ほどの悩みなんて相談できるはずもないよな。


noteを始めてすぐ「君のことばに救われた」という企画を知ったとき。

お前の顔が真っ先に浮かんだよ。

「あれ、面白かったよ」って、儚げに笑うお前の笑顔が真っ先に浮かんだよ。

その言葉に俺が救われたからじゃない。

救いたかったんだよ。俺が。

他の誰のでもない。

俺の言葉で。

お前を救いたかったよ。


きっと、僕はこれからも書き続ける。
そうせずにはいられないから。
別にあいつと約束したワケでもないし、誰に頼まれたワケでもない。
「プロのライターでもないのに張り切っちゃって、痛い奴だ」と笑われても。
それでも僕は書き続けずにはいられない。

だって。
多分だけど、きっとこれからも戦争やいじめはなくならないし、意地悪な人も居なくならない。
今日も僕の知らない何処かで、僕の知らない誰かが傷ついて涙を流す。

でも、そんな人が何かの縁で僕が書いた文と出会い、
ほんのひとときでも苦しい事や悲しい事を忘れて笑顔になれるなら。
僕の両手の届く範囲で、僕の両手に抱えきれるだけの貴方達が笑えるなら。
それだけで僕としては本望だ。

誰かを救えるだなんて、そんなおこがましい事は言わない。
ちょっとでも笑ってくれれば、それでいい。
別にサポートの金もいらないし、フォロワーも増えなくていい。
「スキ」や「いいね」だって押してくれなくても構わない。
……あ、いや。それくらいは押してくれてもいいんじゃない?とは思うけど。別に減るもんじゃないんだし。
でも、まぁ、いいや。押してくれなくてもいい。

だから。

夕焼けで街が茜色に染まるように。

晴れた日は海も青く映るように。

貴方が笑えばそれで、

貴方の世界もきっと笑うはず。


もう一回だけ、そう信じさせてほしい。

お金は好きです。