金屋町

銅像の生まれ故郷は高岡だった/江戸時代に珍しい商工都市/高岡市

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 日本武尊(やまとたけるのみこと)、両津勘吉武田信玄上杉謙信ベーブ・ルース・・・。みな高岡市生まれである。といっても銅像の話。だがこれだけではない。実は全国各地の銅像のほとんどが、高岡市で作られているのだ。
 高岡で銅器づくりが盛んになったのは、同地の領主加賀前田家2代の利長が、鋳物師を城下町に招いてから。商工都市として栄えた高岡で銅器づくりは発達し、仏具だけでなく、ニシンを煮るニシン釜などの実用品も手がけるようになった。幕末には輸出も盛んになったが、明治維新で一つ転機が訪れる。
 日本では人間の像を作ることはあまりなく、作ったとしても木造が多かった。それが西洋と交流を持って銅像の存在を知り、制作注文が高岡に来るようになったのだ。日本最初の銅像は高岡の職人が作った金沢市の兼六園にある日本武尊像で、1877年のこと。よく日本初と紹介される靖国神社の大村益次郎像は1893年、上野の西郷隆盛像は1898年で、日本武尊はこれらよりはるかに古い。
 以来、一時は日本の銅器生産の9割を占めた高岡で多数の銅像が作られて

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