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肉と野菜と男と女~nayosobi vol.3~

夏至が近づく、ある北の街。
街の人たちから愛されるモンテ通りは、今日も商売人たちの声が響く。

★★★

雅子はこめかみに滴ってきた汗を手の甲で拭い、はぁ、とため息をついた。
「やっとここまで・・・。長かったわ・・・」
疲労の滲む表情とは裏腹に妖しい光を宿した目線の先で、カンカン帽がゆっくりとうなずいた。
雅子がこの和菓子屋白山庵(はくさんあん)に、後妻として嫁いでから3年の月日が流れていた。

★★★

「若旦那!あの風来坊はいつ帰ってくるんですか?!」

若旦那、と呼ばれた敏弘は困った顔をしながら声の主に遠くから諭した。

「トメさん、トメさんがそう呼び続けるから、丁稚が俺のことを若旦那だと勘違いしちゃうんですよ。僕はただの番頭見習いです」

風来坊こと本当の若旦那・健は、和菓子屋白山庵の倅に生まれながら、根っからの辛党。
そこに趣味人で凝り性とあって、ふらりといなくなっては西洋の国に渡って異国の酒を飲み歩き、年に数回しか家に帰ってこなかった。

かつては陰口だった「風来坊」のあだ名も、今となってはこのモンテ通りの人間も白山庵の人間も隠すことなく、現番頭息子で健の幼なじみ・敏弘のあだ名「若旦那」が名実ともに定着してきている始末だ。

先週来た葉書に確か次の旅程が書いてあったはず、と番頭台に戻ろうとしたところ、雅子が障子の向こうで葉書をひらりと見せてくれた。

「トシ、これでしょ?お探しモノ」
「女将さん!あ、あ、ありがとうございます・・・」

うつむいて受け取る敏弘の顔は、赤らんでいる。

「ちょうど、おむすびつくってきたところなの。ちゃんと昼は食べるのよ」
番頭台の有田焼の皿に大きなおむすび2つ、新香が3切れ乗っている。
雅子本人だけでなく、彼女がつくるおむすびに目がない敏弘の顔は、どんどん紅くなっていった。

「トシ、ちょっと、相談があるんだけど、今晩・・・」
と雅子が言いかけた時に、店先からいつもの声が聞こえてきた。

「トシさん!こんにちは!」

★★★

鈴木肉屋の看板娘・由香はモンテ通りの看板娘でもあり、気配り上手の娘だった。

愛嬌だけでなく仕事ぶりも一目置かれ、店先で肉を焼かせたら彼女の隣に出るものはいない。鈴木肉屋のこだわりと上質な肉の素材の良さもさることながら、由香の焼く肉を求めて遠くから旅人がくるほどだった。

鈴木肉屋の娘ということになっているが、由香がもらわれた子であることは周知の事実。知らぬは本人だけである。
そして敏弘に想いを寄せていることも、知られていないと思っているのは本人だけで、モンテ通りの人間たちは由香の淡い恋の行方を暖かく見守っていた。

「由香、どうしたんだ?」

先にお客さんの相手をしてきなさい、と言う雅子の言葉に応じて、後ろ髪を引かれながら、敏弘は店先に出てきた。
由香が息を切らせながら、頬を赤らめて話す。

「トシさん、さっき、健さんから電話が来たの」
「なんで由香ンとこに・・・」
「さあ、トシさんに怒られるからじゃない?で、健さん、今月末に帰ってくるって!新しいビールを持ってくるってよ!」
「まったくあいつはいつも突然なんだから」
「うん、でも次の健さんのご帰還は、私にとって特別なの」
「なんだいそれは」
「健さんが帰ってきたときに、トシさんに話します。それまで、内緒!」

頭をかきむしりながら拗ねた顔をする敏弘をみて、その愛おしさに由香はにっこりと微笑んだ。

「由香!お客さんだよ!」
鈴木の旦那が仕事を抜け出していた由香を連れ戻しにやってくると、白山庵の女たちは色めきだった。

★★★

モンテ通りの端っこにある「角打ちごん狐」で、丸眼鏡・仕立ての良いストライプスーツにステッキで、芋焼酎を傾ける男がいた。

「マーちゃん、芋焼酎にからすみのスパゲッティが合うって知ってるかい?」
「やだ、教授。わたしなんざスパゲッティすらまだ食べたことないんだよ」
カウンターの向こうにいるきっぷのいい女が答える。
「それじゃあ、私が連れて行ってあげよう、鹿児島まで」

「須藤教授、うちの母ちゃんを真っ昼間から口説くのはやめてくれませんかね」
奥の倉庫から、男が前掛けで手を拭きながら出てきた。

「マー、ちょっと由香ンとこに行ってきてくれないか。風来坊が今月末に帰ってくるって話しなんだ」
「あら、若旦那が帰ってくるのかい。それはそれは、一席設けなきゃいけないものねぇ」
「そうなんだ。どれくらい酒が必要か、把握しておかなきゃならねぇ。あいつの宴席は呼べば呼ぶほど人が集まるから、ウチの客にも宣伝しておきたいんだ」

教授の丸眼鏡の奥がキラリと光り、カンカン帽を被り直した。

★★★

背が高くて彫りの深い、西洋の人間だと言われても違和感のない男が、モンテ通りのど真ん中を、風を切りながら歩いている。

「健ちゃん、待ってたよ!新商品、健ちゃんに食べてもらわないとどうも自信がでないんだよ」
「へぇ、今回はなんだい?高橋さんのはなんでもウマいじゃないか」
「今回はキューバサンドなんだ。また外国の食いもんの話し、聞かせておくれよ」
「キューバ!いいねぇ、ちょうど先月行ってきたところさ。まずは父さんに怒られてくるから、その後でね」

モンテ通りのあっちこっちから声が掛かってなかなか前に進めない健の後ろに、ひっそりとついて歩いているのは、この辺では見かけない年増の女だった。
しかし、健がときどき振り返りながら前に進むところを見ると、連れであることは確か。

「やっかいだな・・・」

その様子を、角打ちで酒をひっかけながら見ていた教授は口の中でつぶやく。
手帳の1ページをちぎり万年筆で何かを書き留め、通りを走り回る男の子に「白山庵の女将に渡してきてくれ」と50円と一緒に握らせた。
男の子がチラリと盗み見た紙には、こう書かれていた。

「決行、ただし女に気をつけろ」

★★★

時は6月30日の午後5時。
夏至をちょいと過ぎた頃、北の街なら日暮れまでにはあと3時間はある。

由香が鉄板をトングでたたきながら、モンテ通りを練り歩く。
「さあさあ、みんな集まって!白山庵で若旦那の安着祝いだよ!」

舞台はモンテ通りの白山庵。
通りのあちこちから、事情と思惑を抱えた男と女と、肉と野菜が集まってきた。

今宵、何が起きるのか・・・。

↓完結編はこちら


nayosobi第3弾 「肉と野菜と男と女」

日 時:令和5年6月30日(金)17時~
         7月1日(土)15時~
場 所:モンテビアンコ(北海道名寄市西4条南8丁目北洋銀行前)
↓情報はこちらから↓
https://www.instagram.com/nayosobi_official/
※お食事ラインナップ1例はポスターの下に

🍖お食事ラインナップ🍖

・名寄が誇る二大豚のシャルキュトリー盛り合わせ
・モッツァレラの王様自家製モッツァレラブラータ.トマトのサラダ仕立て
・自家製パン
・名古屋風どて煮
・キューバサンド
・台湾カステラ

🍶飲み物ラインナップ🍶

・クラフトビール
・シャンパン、スパークリングワイン等の泡物語
・鹿児島お取寄せ 焼酎バー

なお、今回の飲食はキャッシュオン払い(一部店舗コード決済可)となります。

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