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阿片と毒と、甘いもの -5-

1はこちら→https://note.com/kuroi_rie/n/nd028bcfbea5b

「リョーヘイ、お疲れ様~久しぶり~」

社長と呼ばれたのは女性で、心底ほっとする。
「もう、社長に社長って言われたくないわ」と笑って、ドリンクバーからコーヒーを抽出して、こんばんは、といいながら隣のテーブルに座った。どうも本当の社長ではなく、東京の出張時に利用している、ただの常連らしい。

この時初めて、社員かバイトだと思っていたリョーヘイがこのネカフェのオーナーだと知った。その女性は住んでいる北海道と東京の気温差についてひとしきり嘆いたあと、「ごめんね、話し中だったよね」と腰を浮かせたが、「いえいえ、理恵さん大丈夫ですよ。ちょっと未来の話をしていただけなんで」と、リョーヘイがもう一度座るように促した。そのタイミングで、由美が「あ、ここで話してたんだ。戻ってこないからどうしたかと思った」とやってきて、僕の隣に座る。軽い自己紹介のあと、間髪入れずに理恵がリョーヘイに話しかけた。

「リョーヘイ、また新しい店、オープンするの?」
「それはそうなんですけど、いまはこの、コウくんの未来の話でした」
「すごいね~もう3店舗目?もう青年実業家って感じだね」

そうなのか。同い年で、会社もって3店舗も店を経営してるって、すげーヤツじゃん。リョーヘイのどちらかというと草食っぽい顔をマジマジとみながら、心底感心した。
3店舗目のコンセプトについてや銀行からの資金調達での苦労話を聞いていると、なんとも言えない、嫉妬のようなものが湧き上がってくるのを感じた。由美も目を輝かせてリョーヘイの話に聞き入っている。

「コウくん?だっけ?コウくんの未来の話はどんな話だったの?」
理恵の問いかけに、リョーヘイはちょっと困った表情をしてこちらを向いたが、僕はそんなリョーヘイに目を合わせずに、話し始めた。

「僕、将来、ゲストハウスとかやりたいと思ってるんですよ。ウチの地元、理恵さんと同じ北海道の田舎なんですけど、けっこう商店街に空き店舗があるんで、それ、どうにかできないかなって帰省する度に思ってて」

以前、札幌で泊まったゲストハウスのオーナーと話して、地元の空き家でやったらおもしろそうだなと思ったのを思い出して話した。
「それならリョーヘイにアドバイスもらうのがいいんじゃない?リョーヘイ、仙台でゲストハウスやってたことあったよね」
「はい、もう、地元の会社に売っちゃいましたけどね」

2人と話していると、テキトーに言ったゲストハウスで起業というアイデアがどんどん骨太になっていく。札幌からの距離、地元の名産、観光資源、どんな人がいて、どんな街なのか。そこに由美も関わり、3人は日本の街や海外のベンチャー企業の事例をアレコレと出しながら、ゲストハウスの「らしさ」や「強み」を創ろうとする。
しかし、僕がもっている情報はあまりにも少なかった。
少しずつ、理恵さんとリョーヘイの顔が曇り、ちょっと沈黙した後に、理恵さんが「コウくんは、なんでゲストハウスをやりたいの?」と聞いてきた。

「え?なんで?・・・いや、空き家って街の資源で、それを有効に活用したほうがいいじゃないですか。観光で地元を盛り上げたいなって思ってて。もうちょっとうまく宣伝とかすればいいんだと思うんですよ」

そっか、と理恵さんは穏やかに微笑み、「じゃ、私、戻るね。コウくん、またね」と話を切り上げて席を立った。
リョーヘイは「コウ、ゲストハウスの件、本気でやってみたいなら相談してね。でも、考えてるだけじゃ始まらないから、なんにも」と言って、受付へ戻っていった。僕と由美は手を振りながら見送る。

「リョーヘイさん、ほんとすっごいよね。ねぇねぇ、コウくん、ゲストハウスやりたいなんて知らなかったよ。おもしろそうだよね!私の友達にも、やってる人、何人かいるから紹介するよ!」
由美が相変わらずキラキラとした顔で話しかけてくるのが、うっとうしくて仕方がなかった。

テキトーに思いついただけだよ。別に本気でやろうなんて思ってねーよ。なんでそんなになんでも実現できると思ってんの?夢や希望を持ってるヤツが上にいるみたいな発想、やめてくんないかな。やればできるなんて、努力すれば叶うなんて、そんな世の中じゃねーのは、由美、お前こそわかってんじゃん。身体売って叶える夢って、ほんとに高尚なの?欲望を満たしただけじゃね?だったら、別に夢も抱かず、自分が喰っていく分だけの仕事して、静かに生きてる俺の方が、よっぽどまっとうじゃね?


「由美、こんな状況で、よくそんな話できるね。正直、ナニサマ?って感じ」


しまった。

由美の笑顔がみるみると怒りに変わり、そのあと、悲しみの表情になった。
「コウくん、私、今日、夜に用事入っているから、ちょっと出かけてくるね。これを言いに来たの」
由美は僕の失言に何も答えずに、そう告げて、部屋から小さなバックを抱えて出て行った。

-つづく(次回完結)-

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