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阿片と毒と、甘いもの -6(完)-

1はこちら→https://note.com/kuroi_rie/n/nd028bcfbea5b

※※※

そして、僕は今、由美の手を引いて夜道をむやみに走っている。
さっきまで後ろにいた追っ手が、まだいるのかどうかも、
もうよくわからない。

事態は数時間前に、急変した。まだ、アタマの整理がつかない。
ちょっとケンカのような感じで出て行った由美は、次の日、何事もなかったかのようにネカフェに戻ってきた。いつものように入り口で落ちあい、いつものように受付をすませたら、いつものカップルシートに、岩間が座ってたんだ。「由美さん、社長、待ってるよ?」と。

岩間の笑顔をシャットダウンするように速攻でドアを閉め、イライラするほど遅いエレベーターで1階に降りて道路に出ると、すぐに男たちが僕たちを押さえ込もうと襲いかかってきた。それをなんとか振り切り、上野の街を疾走し、タクシーに乗った。

「えーーーーっと、とりあえず、北千住。北千住のほう向かってください」
知っている地名を挙げて、後ろを振り返って他にタクシーが見当たらないのを確認して、シートに背中を預ける。
どういうことだ。案内されたカップルシートの中にいたっていうことは、どういうことなんだ。
隣に座っている由美は、まっすぐ前を見つめたまま、微動だにしない。
すると、スマホが鳴った。リョーヘイからだった。

「リョーヘイ?!ごめん、受付したんだけど、ちょっと事情があって、すぐ出てきたんだ」
「うん、わかってるよ」
「あ、出てくとこ、見てたか。変なヤツらに追われてて」
「いや、そういうことじゃなくて。由美ちゃんに代わってくれる?」

どういうことだ。
とりあえず、由美に「リョーヘイから」と電話を渡した。

由美は神妙な面持ちで頷いていたが、最後に「リョーヘイさん、ごめんなさい。私、やっぱり自由でいたいの」とつぶやいて、電話を僕に戻した。
「由美ちゃん、都合のいい自由なんて、この世の中に、ないんだよ」
リョーヘイが、由美に言っているつもりで話している。

「リョーヘイ、おい、これ、どういうことなんだよ。なにが起きてんの?」
少し沈黙が流れて、覚悟を決めたように、リョーヘイが声のトーンを変えて話した。
「コウ、このままじゃ2人ともダメになるよ。俺、コウと何度か話して、由美ちゃんがコウについていっても先がないとしか思えなかったんだよ」
「なんだよそれ」
「・・・コウ、なんにも考えてないじゃん。自分のことも、由美ちゃんのことも。これからの自分を、自分で創ろうとしてないじゃん」
ムカつく。なんだよそれ。だからイヤなんだよ。こういう人種。
「ふざけんなよ。お前みたいなヤツにはわかんないんだよ。考えたって意味ねーじゃん。ほとんどのヤツが負けるクソゲーの中で生きてんじゃん。俺たち」
リョーヘイが何か言おうと息を吸い込んだのを、途中でぶっちぎった。切れたスマホを見つめたまま、僕はねっとりと重たくなっている口を開いた。
「ねえ、由美、どういうことなの?なんでリョーヘイとそんなに話してんの?」

隣を見やると、由美は、静かに泣いていた。
「・・・私たち、クソゲーの中で生きてるのかな」
「そうだよ。そうじゃなかったら、俺がこんなわけわかんねー仕事してるはずないし、由美だって、夢を見て、こんなに頑張って。・・・クソゲーじゃなかったら、ぜったい形になってんだろ。それがどーなんだよ。わけわかんねーヤツから金借りて、わけわかんねーバイトして」
嗚咽で言葉が継げなくなって「くっそ」と自分の足下に向かって吐き捨てた。
由美は、鼻声で言う。
「あのころに、戻りたいね。毎日、なんだか楽しかった」
ばっかじゃねーの、戻れるはずないじゃん。いま俺といて、なんで楽しくねーんだよ、と僕は、心の中で毒づいた。

どこの街かわからないが、タクシーを止めて降りると、すぐ後ろに、タクシーが止まった。
泣いてる由美の手首をつかみ、走り始めた。

※※※

もう、どれくらい走ったんだろう。
バスケで鍛えてきたはずの心臓は、悲鳴をあげている。
「ごめ、、も、、くるし、、、」
と、由美はあえぎながら訴え、その瞬間に足がもつれ、
手をつないでいた僕達はもろとも地面に転がった。

やみくもに走って、いまどこにいるのか、どこに向かっているのか、5分後にどうなっていたいのかも、もう、なんにも、なんにも、わからない。

車のヘッドライトが照らす由美の顔は、絶望のような、喜びのような、祈るような、不思議な表情だった。

光のほうを見ると、
「由美ちゃん、おかえり」と岩間の声が聞こえて、
由美に手を差し伸べるシルエットは、明らかに社長のものだった。
僕に近寄ってきたのはリョーヘイで、これ以上ない、というくらい爽やかな笑顔で「コウ、ダメだよ。逃げたら」と肩に手をかけた。
反対側に立っているのはなぜか理恵さんで「コウくん、残念だけど、秘密の恋愛って、たいていウマくいかないんだよね。最初が楽しいだけで」と耳元でささやいた。
由美とは違う、まったりと甘い、エキゾチックな匂いに、疲れた脳みそと身体が支配され、ぐったりと、すべてがどうでもよくなってしまった。

どういうこと?全員仲間ってこと?
いつから泳がされていた?
いつから、試されていた?
由美も、仲間なの?

リョーヘイと理恵に両腕を抱えられて、車に乗り、由美の隣に座らされた。
いつもの由美の香水にホッとする。
でも、横にいられると思い出してしまうんだ。
俺の知らない世界の男と歩いているのを見た、
あの、瞬間を。
今回も結局、由美は、被害者の顔をしながら、
僕から離れていくんだろう。

いやいや、そんなことを考えている場合じゃないだろ。
なんだよ、これは。この状況は。

救いなのか?
それとも、

地獄なのか?

カーステレオからは、去年ヒットチャートを総なめした、
耳慣れた曲が流れてきて、僕は、目を閉じた。


-完-​


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

北海道移住ドラフト会議は俗に言う「平和な人さらい」をこんな風にやっ・・・・・・・てませんのでご安心ください。

おもしろかったよ、お小遣いをあげようね、と思った方はどうぞ課金くださいw 集まったお金は、北海道移住ドラフト会議メンバーとの飲み会代に利用させてもらいます。
ここから先は、この小説を書くに至った裏話が書いてあります。

※ここから先は有料設定していましたが、一時無料公開します。


ご購入いただき、ありがとうございました。
まあ、ここまで読んだみなさんはお分かりの通り、「香水」からインスピレーションを受けて本小説を執筆しております。

当初は「オレオレ詐欺の会社に勤める男子が元カノから3年ぶりにLINEをもらって浮かれたものの、3回目のデートで100万円の怪しい壺を勧められて、絶望しながら断ろうとしたら奥からヤクザっぽいお兄さんが出てくる」というのを想定していて、いやいやこんなストーリーに「香水が題材です」なーんて言ったら炎上してファンの皆さんから袋だたきに合うんじゃないかと(合わねーよ)、伏せておこうと思ったのですが、思いのほかちゃんとした物語に仕上がったので、公開しても大丈夫かな、ということで公開しました。

私としては、香水、とても好きで、瑛太じゃなくて瑛人の舌っ足らずな感じもとても心に残るなーと思っているのですが、いかんせん歌詞にまったく共感できなくて(香りが記憶やセンチメンタリズムを刺激する、ということはとてもよくわかるのですが)、こんなに自分に誇りが持てない仕事をしてるなら、早く辞めちまえよ、としか思わなかったんですよね。

でも一方で、ウチの息子は、この曲に共感して涙したらしい、みたいなことを聞いて、若者たちが抱えているやるせなさ、そこはかとない不安、みたいなものがあるんだなぁ、という想いに至ったわけですね。

そんななか、とある対話の場で、20代のみなさんの、なんとも言えない苦しみというかモヤモヤを聴く機会があって、そこにコメントしていく私を始め40代50代のお兄さんお姉さんとの、なかなか埋まられない溝(理解はしあえるとは思うが)を感じたりしました。たとえば。

・既存の社会システム自体が、20代にとっては「頑張ればどうにかなる」と思えるようなシステムになってない。

・なんでもできる時代だから、自分のやりたいことをやってみなよ、という圧。「なんにでもアクセスできて、発信できる恵まれた時代なんだから、自分のやりたいことやってみなよ」と言われても、みんながみんな、やりたいことが明確にあるわけじゃない。でも、そういう自分に劣等感を抱いたりする。

・たくさんある選択肢から選べる自由、というけれど、ありとあらゆる場面で「(自分の責任で)選びとる」という行為をし続けなくてはならない苦しさ。

などなど。

と、いうことで、この小説は、そんな若者たちのやるせなさと逃げ、みたいなものを表現できたらいいなーなんて思いながら、執筆しております。
「社会がダメだろ」と逃げ続ける若者。頑張っているけど結局報われない若者。どちらもある世界なんだと思います。
私たちの世代とは違う生きにくさを持った彼らを、理解し、手を差し伸べたりアタマをなでたり背中を押したりエールを送ったりできるオトナでありたいなと思った次第です。

コウくんは来年の北海道移住ドラフト会議に出て、由美ちゃんはさとのば大学に入学してたらいいなって思ってます。

って、またこれ長くなっちゃったな。

くろいりえ

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