それほどに厳しい世界なのかと絶望した記事
まず上の記事を読んでください。
前回バズるという言葉を使ってまとまりのない話を書きましたが、ふと思ったのです。
あの文章を書く出発点となったのはこの記事を読んだことで、それかずっと頭の隅に置いてあったのかもしれないなと。
記事を書いているのは神納まおさん。プロフィールでは作家・ライターと書かれている。さらに読むと、新人文学賞を受賞しており芥川賞の候補にまでなった方だそうです。
失礼ですが、私はこの方の名前をこの記事を読むまで存じ上げませんでした。
さらにはGoogleで検索しても、ほとんど情報が出てこないのです。
記事の内容と上記の事実を合わせて考えたとき、私はわりかし真面目に絶望しました。
新人賞を取り、芥川賞の候補に選ばれる。
作家として順風満帆な滑り出しじゃないですか。これ以上に王道な文壇での評価のされ方を思いつきません。もちろん、最終的に受賞したかしないかで雲泥の差ではあるのでしょうが、受賞を逃したのだとしてもせめて業界内では評価されて一目置かれるものだと思っていた。
いや、内側の本当のところはわかりません。でも外から見る限りは、あまりに寂しすぎるように見えます。
この記事では最終的に文芸誌の質に問題があると書かれています。
私はもとから文芸誌なんてちゃんと読んできてはいないので、そこに意見する資格はありません。
ただ、その原因が新人賞の一次審査の質にあるのではないか、という意見には耳を傾けざるを得ません。
その根拠として、他の賞を受賞した作品でも一次審査が通らない事がある、と書かれています。
記事を引用します。
これは大変な問題です。応募している当事者からすれば、大問題です。前回のバズる話で後半はなぜか運についてずっと書きましたが、これに関しても一次選考者との相性みたいなものに大きく左右されるのであれば、それはやはり運の要素はわりかし大きいのではないでしょうか。
もちろん前提として、一次審査程度は通過して当然だと言えるだけの小説を送っていることが最低条件なのではありますが。
そしていくつもの振るいにかけられて最終的に新人賞を受賞したとします。さらには芥川賞の最終候補までに選ばれたとしましょう。
それでも、Googleで検索してもろくに情報すら出てこないような扱いを受けなければならないほど、その世界は厳しいものなのか。
これが私が絶望した理由です。
この記事を読んでいて、私は終始楽しく読めたのを覚えています。書かれている事は至極真っ当だし、話の組み立てに説得力もあるし、文章としての展開も起承転結がしっかりしていて、読ませる力量のある方なのだなと思いました。
私ごときが偉そうにがたがた言える人ではない。
ちゃんとそこは自覚もあるのです。
そんな記事の筆者が最後にこう結んでいます。
また引用させてもらいます。
前半は若手作家へのアドバイスとして、健全な提言として読みました。
後半は文学への向き合い方を素直に語っていて、この記事への熱量を裏付ける説得力になっていると思います。
要するに、信頼に値する記事だとわかるゆえに、書かれている内容に当事者としてショックを受けたのでした。
あと以前noteで読んだ記事で、女性の作家が目立つと書いていたものがあったけど、確かにそれも気になると思った記事でした。
気が向けば書くかもしれません。
要するに2つの記事から思う事は、作家で生活するというのはやはりスカイツリーのエレベーターに乗るくらいまで行かない限り難しいという点で、前回の記事もあながち全てが妄想でもないのかなと思った次第です。
※最後に、もし神納まおさんご本人がこの記事を目にして気を悪くされるようなことがあれば、大変申し訳なく思います。
その際はご一報いただければ記事ごと削除いたします。
そして、ご本人を悪く言うような意図が私には一切無いことも記しておきます。
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