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嫌われ者ミッチと黒犬2匹

セントラルパークをくるみとお散歩するようになり8ヶ月。色んな知り合い(わん友)が出来た。テニスコート裏の丘の集うグループのリーダー的存在のエドおじさんと仲間達、野球場北側の丘に一旦集合する”セントラルパークのドッグウィスパー”のキャッシー率いるドッグウォーカー軍団とそのキャッシーと長年のわん友の日系2.5世のシンディさん。
そして、嫌われ者ミッチ。

嫌われ者ミッチは初老の白人男性で、如何にも気難しい顔つきをしている。確かヨーロッパのどこかの国出身。彼が連れている犬は、ロトワイラーと黒いアフガンハンド。2匹とも相当デカい。でも、吠えることも、凶暴な様子もなく、ただ、ちょっと寂しそうだな、と言う印象。

私や相方がくるみをセントラルパークに連れて行き始めた去年の10月頃は、よくハーレムの入り口付近の丘にその2匹と座っていた。その孤高さが妙にカッコよくって、私たちの間では、そこを、”ロトワイラーの丘”と呼んでいた。そして、ミッチともいつしか、「ハイ!」と手をあげて朝の挨拶をし合っていた。その頃、くるみは5〜6ヶ月。まだまだ、思いっきり仔犬だった頃だ。

その関係性が変わったのは、くるみが9ヶ月ぐらいだろうか。季節で言えば、今年の3月ぐらい。誰にでも、どの犬にでも「遊んで、遊んで」と戯れついていたのに、急に人や犬を選ぶようになった。もちろんそれでも大抵の犬や人にフレンドリーなのだが、ある特定の犬にだけ、別人格ならぬ別犬格になったみたいになり、牙を剥いて吠え続け、その犬の周りをグルグル回って威嚇するようになった。その最初のターゲットになったのが、ミッチの犬達だ。今朝もフリーリーシュ時、パークで見かけるやいなや、すごい勢いで走っていって、威嚇攻撃を始めた。

なんで?前は全然、なんともなかったじゃん。

訝しい気持ちと共に、「くるみー!くるみー!」と叫びながら、必死でくるみを呼び戻し、捕まえようとするが、興奮しているくるみは言うことを聞かない。ミッチは怒りの形相で、「Get out!!(シッシ、あっちへ行け!)」とくるみを追い払っている。そして、私に向かって怒鳴る。

「お前の犬が俺の犬をアグレッシブにするんだ。さっさと止めさせろっ!!」

ハイハイ、そりゃ、私が一番、分かってますよ。だって、オタクの犬が本気出したら、くるみなんてイチコロですから。

ようやく、キラーアイテムのチーズでくるみの意識をこっちに向かせ、くるみにリーシュをつけ、引き離した。

あー、何事もなくて良かった。
安堵の気持ちで、散歩を続け、エドおじさんのいる丘に移動し、その件をわん友達に何気なく話した。「くるみがまた絡んじゃって。。。困ったわ。」と言う内容だ。きっと、「そりゃ大変だったね。なんとかできるといいわね。」ぐらいの反応だと思っていた。
だが、全く違っていた。

「くるみは、あいつらが極悪なのを本能で感じたんだろう。賢い犬だ。」とか、「えー、また、怒鳴ったの?あの人、ホント、クレイジーだわよ。最低。」とかで、もう、ミッチ達をボロクソ言う。
「先日、奴らがあそこのベンチに座っていたから、俺たちはすぐに移動したんだ。」と、めちゃめちゃ嫌っている。

うーむ、私的にはなんか微妙。くるみをわん友達が良いように解釈してくれるのは有難い。でも、実際、悪い行動をしているのはくるみで、ミッチ達は全く何も私たちに悪いことはしていない。なんだか、ミッチ達が可哀想になってしまった。

複雑な気持ちで、その場を離れ、次に会ったシンディさんに同じ話をした。ミッチの唯一とも言える理解者のシンディさんなら、違う意見をするだろうと思ったし。だが、、、

「あら、ミッチ、そりゃダメだわ。そんなのだから、嫌われるのよ。」

と一刀両断。

「うーん、でも、ミッチが怒鳴るのも尤もだと思うんですよね。あの2匹がアグレッシブになったら、コントロール効かないで大変な事になりますもんね。そりゃ、必死でしょう。悪いのはくるみで、それをコントロールできない私も問題だし。」

そんな私の言葉にシンディさんは、一瞬、ポカンとして、「よくよく考えればそうよね。」と笑った。そんな柔らかな笑顔を見ていると、安心して、私も自分の考えを言える。

「でも、きっと、アメリカでは、どんなことがあっても、怒鳴ったらダメなんでしょうね。それ自体がもうアウトなんでしょうね。」
「そうね、ちゃんとしたアメリカ人は、怒鳴らないわね。」
「ですよねー。でも、日本だと、オヤジ達はよく怒鳴るんで(※すみません、偏見で)、私は慣れているんですよね。だから、ミッチに怒鳴られても、ハイハイ、すみませんね、ぐらいしか感じないんですよ。(笑)」                     

そういえば、アカデミー賞での「ウィルスミスのクリス・ロックビンタ事件」も、アメリカと日本での反応の違いも興味深かったな。

文化の違いをこんなところでも感じつつ、でも、どの国でもどの時代でも、そして、どんな歳になっても、”嫌われ者””それを排除したがる人々”は存在するんだなぁ、と実感。世知辛い世の中と言えばそうなるだろうか。

でも、どんな世の中であろうと、大切なのは自分の心持ち。

私は、また、ミッチに会ったら、「ハイ、ミッチ!」と挨拶をする。

きっと、くるみもそのうち、吠えなくなるだろう。



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