「ショートストーリー」:空の森⑩

妊娠したからなのか、最近、私はほぼ女性だ。
偶に、仕事中、ボーッと空を見上げた時などに、”僕”が頭をもたげる瞬間があるぐらい。そういえば、”ムラムラも無くなったなぁ、これも女性ホルモンの作用だろうか?”、と、まるで他人事の様に自分を観察する。
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 もう1週間待って、無数(かずなし)から何も言ってこなければ、1ヶ月後のアパートリースの更新を機に、私たちのこの関係も終わりにしようと告げるつもりだった。無数の収入なら、ここの家賃を一人で支払うことも可能だろうから、単純に私が出ていくことになるだろう。
私は自分の賄える範囲で暮らせる場所を探し、シングルペアレント(私の場合、母の時も父の時もあるだろうから、まぁ、ペアレントが妥当だろう。)として生きていくことになる。大変だろうけど、まぁ、ニューヨークは色々な補助もあるし、今の職場は産休もしっかり取れるし、なんとかなるだろう。きっと、”なんとかなる”、と思えないと、子供なんて作れないのかもしれないね。

そう思っていたのに、今日、帰ってきたら、無数がご機嫌な様子で料理を作って、「一緒に食べよう。」と言うではありませんか。
私の大好物で、無数の得意料理、ホワイトソースのエビドリアがオーブンからチーズトロトロの状態でテーブルに運ばれ、サイドにはウォールナッツの入ったグリーンサラダ。色とりどりのプチトマトのお陰で、素敵度が爆上がり。料理って色合い大事だよね。

暫し、二人ともハフハフと舌が火傷しないように注意しながら、無言でドリアを食べ、スパークリングウォーターで舌を冷やし、サラダをムシャムシャと草食動物の様に頬張った。

「素良(そら)、僕もさ、新しい生活をやってみようと思うんだ。もちろん、素良さえ良ければだけど。」

カチャリとフォークをテーブルに置き、無数が真剣な目を私に向けて言った。胸が一瞬苦しくなる。”新しい生活”って、どう言うこと?
別々な生活ってこと?それとも・・・

「素良と僕と、そして、これから生まれてくる子と、3人の生活、やってみたいな、って。今のふたりの生活がすごく楽しかったから、それが崩れるのが怖かったけど、でも、ずっと変わらない生活なんてないんだよね。自分たちだって、僕たちを取り巻く社会、世界だって変化するんだし。僕、自分がもっと柔軟に生きたいと思ったよ。素良みたいにさ。
素良となら、自分たちのスタイルで生きていけるんじゃないかと思ってる。周りがどうであれ、僕たちは僕たちの生き方をすれば良いよね。そんな生き方を出来る相手がいるって、すごい事だって、今更ながら気づいたよ。素良と出会えて、僕は本当にラッキーだと思う。だから、僕も、素良と新しい生活に挑戦したい。どうかな?」

無数は純粋過ぎる。腹黒く、自分勝手で、軽くサイコパス入っているんじゃないかと自分でも偶にビビる私にすっかり騙されている。

「ありがとう。」

一言だけ言って、下を向いて、ドリアの続きを食べた。
涙が溢れそうだったから。

黙々と食事をする私に比べ、無数はちょっと大丈夫かな?と思うぐらい興奮気味にこれからのプランを滔々と語った。無数からすると、私は行き当たりばったり過ぎるらしい。(それは間違いない、素晴らしい観察力だ。)
そして、なんでも自分で解決しようとする自立心は尊敬に値するが、これからは止めて欲しいとも言われた。
結論として、無数の案は、家賃は更新時に夫々の負担額は協議するとして、自分が本来、やれたらやりたいけど、多分、出来ないであろう子供の接触を伴う世話は、ナニーやベビーシッターを雇うことでカバーしたい。そして、その費用は自分が持つ。今後、子供に関して発生する費用に関しても、一緒に考えて、やっていきたい、私一人で背負うとか考えないで欲しい、と言うものだった。

「無数、あんた、バカなの?」

あまりにも私に都合良過ぎる条件に、さすがの私も呆れて、文句を言った。

「そんな生活、あんたに何の得があるのよ。」

少し考えて、無数は応えた。

「さぁ、何の得があるんだろうね。ただ、やりたいと思ったからやろうって感じ。損か得かはそのうち分かるんじゃない?」

そう言って、笑う無数は、相当の馬鹿か、大物かのどちらかだ。

「じゃあさ、約束してよ。損だって気づいた時は必ず私に正直に伝えるって。私、どっちかの我慢の上に成り立つ生活だけは嫌なんだ。」

「うん、分かっている。」

「我慢の中には、”無数が出来ない事をやる”も含まれているからね。目の前で、腹の大きくなった私が急に悶え苦しんだとしても、絶対、駆け寄って、背中をさすったりしない。私が意識を失って、床に倒れ込み、股から血が流れていたとしてもだよ、いいね?」

「うん、僕がやれる事は、救急車を速攻呼ぶ。これには自信があるな。日頃から仕事やゲームで指を素早く動かすのは得意だから、誰よりも速く911を押せると思う。あ、その時のセリフも練習しておいた方が良いかな。テンパって、吃ったりしたら最悪だもんね。あははは。」

楽しそうに妄想を語る無数を見ながら、私は心の中で呟く。

そこで訪れた救急隊員や、もしくは、病院で、あなたの態度に対し、周りが非難的な目を向けたとしても、傷つかない事。これも約束して。
あなたが精一杯、出来る事をやっていると、私が知っていれば良いんだから。

無数と話しながら、今日、セントラルパークでやった作業を思い出す。ブライダルパスの砂利道沿に生える雑草を程よく残す作業。良い感じに雑草が生い茂っているのが最近の流行り。完璧に整えられたガーデンより、自然に近い感じに仕立て上げる方が実は面倒だったりもする。でも、その面倒さを知っているのは一部の人間だけだ。それで良い。みんなが知る必要はない。みんなに理解して貰う必要もない。

私は私の森の住人で管理人で作業員だ。
そこに入れる人間は限られる。

だけど、どうやら遊びに来ていた奴が住み着きそうだ。
そして、その森に新しい生命が生まれるらしい。
暗く、静かだった森がどんどん賑やかになる。

それも悪くないかな、と思える自分がいる。

(完)







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