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3行日記 #171(電気メス、おでこ、干し芋)

四月四日(木)、晴れ
清明、玄鳥至、つばめきたる、燕が南から飛来する。
清明、菜花布金、なのはなきんをしく、菜の花が一面に金色。

午後、手術。服を脱いで全裸になり、旅館の浴衣みたいな水色の手術着に着替える。荷物はロッカーに。ベッドに横になる。ものすごく狭い。シングルの幅もない。左腕に筋肉注射。点滴の針をいれる。下腹部の剃りが甘かったらしく、ゼリー状の何かを塗られる。ひんやりする。じょりじょり剃刀で剃られる。麻酔のシールを貼る。

それでは移動しましょうか、と声をかけられて隣の手術室に移動する。部屋の真ん中に手術台がある。仰向けに寝る。両腕を開いてのばし、右腕には血圧をはかるバンドが巻かれ、左手の人差し指の指先には酸素濃度を測るもの。洗濯ばさみのように挟まれる。手術のようすが目に入らないように、胸元のうえにバスタオルが張られた。眼鏡を預かってもらい、リラックスして目を閉じた。

鼠径部に麻酔の注射が打たれる。針の刺さる痛み。身体が力む。やがて、手術がはじまった。何をされているのかわからないが、押されたり、触られたり、捻られたり、摘まれたり、感触だけは伝わってくる。ジジジ、ジジジ、ときおり、半田ごてで金属を溶かすような音が聞こえる。電気メスで肉を切る音だろうか。

BGMが流れている。ゆったりしたリズムのボサノバに、私の心臓の鼓動の電子音が重なる。心拍のほうがボサノバよりもややテンポが速い。ふいに、振動の音。右腕に巻かれた血圧計が動きだし、腕を締めつける。ピンポン。クイズに正解したときの音。血圧は正常らしい。

皮膚持ってて、動脈か、リンパ管ばっかやな、深く息を吐きだす。ときおり漏れ聞こえる医者の声に反応する。ふと目を開けてみる。下腹部は見えないようにバスタオルで仕切られている。真上の天井には蛍光灯が二本、横に並んでいる。その上には、エアコンの送風口が見える。ふいてもらえる、おでこ。先生の声。ドラマでよく見る、汗、とは言わないらしいが同じようなことだろう。

終わってみれば、最初の麻酔の注射がいちばん痛かった。手術台を立つ。部屋を出るときにうしろを振り向くと、下腹部の載っていたあたりに、血が滲んでいた。採血のときの粘っこい紅色ではなく、干からびた薩摩芋のような乾いた赤茶色たった。

夜、日本一うまい中華料理屋へ。焼餃子、水餃子、油淋鶏、エビチリ、かた焼きそば、炒飯、麻辣ピー。昼食を抜いていたので、腹いっぱい食べた。安静にしなくてはいけないので、チャックの散歩は休ませてもらった。犬の手紙コンテストの参加賞の鶏肉とかぼちゃのポタージュが届いていた。

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