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昭和の東京の名画座

ショッピングモールという浄化された健全な場所のシネコンで映画を観るのはそれはそれで快適で良い。でも、50年近く前にうらぶれた小さな名画座で観た映画のことを今でもよく覚えているというのは、ひょとしたら多少ダークな雰囲気を持っている映画館の方が非日常感があって、作品がより人の心に刺さる効果をもたらすのかもしれない。

名画座って何?という方に少し説明すると、昭和時代、ロードショーで封切された映画は一定期間集客が続くまで上映された後、小さめな劇場で再公開され、時には2本立てのパッケージ商品として扱われていた。もちろん、入場料も格安に設定されていて学生の味方として繁盛していた。こんな映画館を「名画座」と呼んでいた。

昭和40年代が終わる頃、当時相当早熟だった小学生の僕は、自転車で銀座の「銀座文化」によく通っていた。山野楽器の裏にあって、今はシネスイッチという感度高めな映画がかかっているミニシアターとして営業を続けている(シネスイッチを変換したら“死ねスイッチ”になって、壊れた電化製品に罵声を浴びせる感じになってしまった…)。

当時の銀座文化は、ミニシアターで上映されるようなスノビッシュな人向け作品ではなく、ばりばりのハリウッド映画がかかっていた。「ダーティーハリー」、「コンボイ」、「ビックウェンズデー」という類だ。入場料はたしか小学生300円だったと思う。座席指定などもちろんなく、前の回のエンドロールが流れ出すと重たいドアを開け、後ろの方で待機し席を確保していた。マナーも何もあったものではない。話しは変わるけど、エンドロールを最後まで延々と観なければいけない謎ルールはいつから始まったんだろう?

銀座には今のプランタン裏に「並木座」もあって、こちらはATG系や黒沢、小津のような映画通好みの作品がよくかかっていた。ちょっと大人の雰囲気で中学生ぐらいになってから訪れたような気がする。背伸びをして桃井かおりの“もう頬づえはつかない”を観たけれど、さすがによく分からなかった。また話しが飛んで申し訳ないけど、その数年後入学した大学の学園祭の開催テーマが、「もう焼きそばは焼かない」だった。模擬店ばかりでなく文化的な行事に力を入れていくぜというテーゼが掲げられたのだが、考えた奴天才と思った。

銀座以外では、飯田橋の「佳作座」と「ギンレイホール」、東京駅八重洲口の「八重洲スター座」、池袋の「文芸座」が定番の名画座で、当時創刊されたばかりの「ぴあ」を毎月買って、さて今月はどこへ行くか~と赤ペンでしるしをつける作業が楽しかった。日活ロマンポルノもたくさん紹介されていたけど、勇気がなくて初めて行ったのは高校生になってから。新橋のガード下の場末感漂う劇場にドキドキしながら入ったら、タバコを吸いながら観てるおじさん達に度肝を抜かれた。

中学生の頃、五反田で「猿の惑星」3本立てを朝10時頃から見始め、お昼は売店のパンを食べ、映画館を出たのが夕方だったのだけど、冬だったので街はすっかり暗くなっていた。「今日一日が終わってしまった。なにを一体やってたんだろう」と寂しくなって帰宅したこともあった。

サブスク、レンタルビデオは影も形もなく、テレビ各局夜9時の〇曜ロードショーか映画館に行くしかない時代。そんな頃、少しのお小遣いで話題の映画を観ることのできた名画座は素敵な空間だった。近頃は数千円で見放題というサブスクが大人気だが、供給過剰で早送りで観る人も多いと聞く。とやかく言うつもりはないけれど、映画作りのテクニックで「シャレード」というジェスチャーによって言葉を表現する手法がある。大事なメッセージは早送りでは感じ取ることはできないだろう。どこでどの映画をやっているかは月に1回ぴあでしか知ることはできず、知らない街に出かけて迷子になることもあった。苦労して得たことは、往々にして身に沁みる。それが肘置きがすり減った真っ赤な座席の味わいある小さな映画館ならなおさらだ。

名画座は風前の灯火にあるけれど、一方でミニシアターや手作りの超ミニシアターがポツポツ出現している。そのうちの一つが近所にできた。娘が小さい頃、ハレの記念撮影を撮っていたレトロな写真館が駅前商店街にあったのだけれど、ご主人が高齢で閉店になった。想い出のある場所でとても寂しかったが、なんとその写真館がほぼ居抜きで座席数30の映画館になったのだ。通好みな作品ラインナップで少々マニア向けではあるものの、そそられる映画がよくかかっている。飽きて言うことを聞かない娘をなだめすかして写真を撮っていた懐かしいスタジオで映画を観ることができるなんて、こんな幸せなことはない。年末年始にニューヨークのCDショップを描いたドキュメンタリー「アザー・ミュージック」がかかるようだから行ってみようかな。

〇銀座文化の昔の写真を探したのですが昭和のものは見つけられませんでした。ニューシネマパラダイスなので、おそらく平成の初め頃だと思います。もしどなたか持っている方、あるいはサイトをご存じの方がおられたら教えていただくとうれしいです。




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