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スカボロービーチでデート

サンダルを遠くに投げて遊んでいたらどこにいったかわからなくなってしまった。飛んだあたりを結構探したけど砂にまぎれたのか全然見当たらない。仕方がないから片方はだしで歩いた。隣ではツユカが「大丈夫?」と心配してくれていた。やっと好きな女の子と一緒にスカボロービーチに来ることが出来たのに僕はサンダルが片方ない情けない感じのまま砂浜を彼女と一緒にしばらく散歩した。

オーストラリアまでいって僕が好きになったのは少し年上の日本人の女の子だった。彼女にしてみればはるばる海を越えてなんでもない年下の小さい男に気なんて全然なかったと思うけど、とにかく一緒にビーチに行ってくれた。

町から30分ほどバスに乗ると青すぎて緑色のビーチにたどり着く。砂浜は真っ白で空は水平線まで雲ひとつない。
そこには以前も行ったことがあった。石油王になるのが夢だという大学生のタカシくんと来た。とくに何をするでもなく海を眺めて帰るころ、見たこともないような夕焼けが海を染めた。それをツユカと見たかった。

彼女が僕に興味がないのはなんとなくわかっていた。だからなんで来てくれたのかわからなかったけど、僕は舞い上がっていた。砂浜のすぐ傍にあるカフェでフィッシュアンドチップスとコーラを買って二人で食べた。小学生の筆箱みたいにデカイ何かの魚のフライと山盛りのポテト。一人前を二人で食べてちょうどいいくらいだった。食べているとカモメが寄ってくる。鳩の沢山いる公園で弁当を食べる感じに似ている。足を出して追い払いながら二つのプラスチックフォークで一つの皿を分け合った。話したことは全然覚えていない。なにしろ舞い上がっていたから。眼鏡の奥の睫毛がこんなに長いのかとか、そばかすがとても素敵だなとかそんなことばかり考えていた。地元の少年たちがサーフボードで波の上を滑っては落っこちてを繰り返していた。

そんな僕にとっての一大事な日に何でそんなことしたのかわからないけどサンダルを遠くまで飛ばしてしまった。アホみたいだ。みたいというかアホだ。そしてサンダルはなくなった。好きな女の子と青い海を見ながら白い砂浜を歩いているのに僕はかたっぽ裸足だった。もっと探そうかと思ったけど必死になってサンダルを探しすぎるのは恥ずかしいなと思って「まぁいいよ、大丈夫」とか言いながらそのまま歩いた。大丈夫じゃない。バスに乗って町を歩いて家まで帰らなきゃいけないのに。彼女だって一緒にバスに乗る人が、かたっぽ裸足だったら嫌だろう。

砂浜はどこまでもどこまでも続いていた。彼女のホームステイ先で家の子供にからかわれてしまう話や、日本で保育に関わる仕事をしていたが園長の家の掃除などやらされて嫌になった話を聞いた。何がしたかったわけではないけど、今までの生活とは全く違うものが欲しかった。だから何も決まってないし、何がしたいかもわからないけどここに来たらしい。海からの暖かい風が彼女の髪をぐしゃぐしゃにして、口に入って邪魔くさそうだった。

僕はなんとか大人ぶって、彼女と身の丈を合わせようと必死だった。サンダルが一つないのに。
予定ではもう夕焼けになっているはずだったが、その日は全然そんな気配はなく日はだんだん傾いてきた。
あきらめ切れない僕は意味のない話を伸ばして夕焼けを待ったが本当にだんだん日が陰ってきた。引き返してもう帰ろうと話していたらサンダルが砂の中にひっくり返っていた。その瞬間は一瞬だけ彼女とここにいることよりサンダルが見つかったことのほうがうれしかった。

「何でここに来たの?」と彼女が聞いた。「夕焼けが見えるはずだったんだよ。」ビーチからの客が沢山乗るので砂まみれのバスの床をジャラジャラとサンダルでなでながら僕は言った。彼女は全然興味もなさそうに「ふーん」と言った。そんなことをなんで秘密にしていたのかもよくわからないけど、驚いて欲しいと思ったのだろう。マジで書いていて恥ずかしいし、彼女もよく一緒にいいてくれたなと思う。やたらに歩かされて、話もつまらないからさぞかし疲れただろう。バスが発車するまで二人は無言だった。

バスが進み始めて、ふと顔を上げて進行方向を見ると茜色に道が染まっていた。
振り返ると海も空も水平線まで真っ赤に燃え上がっていた。
あと少し。一本バスを遅らせればよかった。後悔しながら「見て」と彼女にバスの後方を指差した。
「おお。すご」

夕焼けは絵の具で塗ったように完璧に赤かったけど、今思い出してもなんの感慨もない。夕焼けを見ることに一生懸命で、そんなこと本当はどうでもいいことなはずなのに僕にはそれがわからなかった。それを見ることが目的になって何も見えていなかった。一人で舞い上がって、その舞い上がりを彼女は下手な踊りだなとスカボロービーチまできて見てくれていた。思い出すと申し訳ない気持ちになる。

彼女はその後ニュージーランドへ渡り、今もそこで暮らしている。
元気でいてくれたらいいなと思う。


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