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寒い夜に思い出す記憶

去年の春、もう桜が散りかけた頃、親友14年目のあの子と真鶴に遊びに行った。そこは温かい、がたくさんある街だった。そういう場所は、これまでもたくさん見てきたけれど、真鶴はどこよりもその温かさが途絶えないように"守られている"と感じる場所だった。誰かがちょっと頑張って、その街が守られている。そういう工夫がたくさんある場所だった。きっと放って置いたら危ないということが分かるから、みんなが守ることを繋いでいた。ぎりぎりのところで、でもずっとこれからもきっと守られていくことが伝わってきて、安心する場所だった。

その頃は、わたしももうすぐ引っ越しをする前のことだった。街をどうやって好きになるのだろうか。どうやって守って、守られるのだろうか。そんなことを想像しながらふたりでのんびり歩いた。そうしていると、中学生のあの頃みたいだった。家の方向がちょっと違うからわざわざ遠回りをした。どれだけ歩く距離があっても話すことが尽きなかった。足らなかった。幸せなことだったなと思う。何か話さなきゃ、という場面が多くなったからかな。話したいことが、あれも、これも、あった。言っていいことと、ダメなことの境目もなかった。言ってはいけないことを言ったら、喧嘩になって、でもそしたら仲直りすればいいだけ、ただそれだけのことで。何度も絶交をして、何度も仲直りした。野蛮だったなあと思うけれど、幸せだったなあと思う。謝れば済む、それが友だちだった。

歳を重ねて、余計なことを覚えて、大切なことも覚えて、わたしたちは一緒に大人になった。

そうしたら、親友とは今度は話さなくても良くなった。銭湯まで行くバスの中、無理に話さなくてもよかった。話していないのに、一緒にいる感じがもっとした。安心感があった。これは昔なかった幸せな気持ちだなあと噛み締めた。

ほろ酔いになるまで居酒屋で飲んで、(この時に食べた大根のから揚げが美味しかった。2回注文した。)宿に戻って、アイスを食べて、一息ついて、それぞれのベッドで寝た。本当に気持ちのいい夜だった。まだ春で、もうすぐ夏で、涼しくて、なんなら夜は上着が必要で、でも暖かくて、桜の香りもほんのりして、本があって、温かいベッドがあって、そして隣に友だちがいた。あんな夜はもしかしたら二度とないかもしれない。そう思うくらいの時間だった。

お土産に買った干物を宿の冷蔵庫に入れていて、「忘れる人がよくいるのよ。」とわざわざ宿の入り口に干物マークが描かれた紙が貼ってあって、注意していたのに、それなのに忘れた。

「宿の皆さんで食べてください、、」と駅に着いて電話をしたら、雨が降る中大急ぎで車で持ってきてくれた。電車が出発する1分前だった。

あの出来事もきっと忘れない。

忘れてないから1年弱経った今、書いている。
春になるたびに、というより、春を待ち遠しく思う寒い冬の夜に、きっとわたしは何度もあの旅を思い出すのだと思う。

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