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悲しみを薄くしていくこと

東京駅を歩きながら考えていたこと。わたしはこのなかのひとりになりたくないとずっと思っていた。眠さと寒さで肩を縮こませて、会社へ一心にスタスタと歩くひとりになりたくなかった。

ああ、わたしも今そのひとりなのかと思うと落胆した。せめて、ヒールを履かず、ストッキングを履かず、ジーンズとスニーカーで歩くわたしがせめてもの。抗いなのだと思う。

それでも今は理想のためにお金が必要だった。できるだけ気を抜くにはどうしたらいいか、そういうことばかり考えている。

今日の朝の車掌さんのアナウンスが心地よかった。優しかったのと、語尾まで一音逃さず発してる丁寧さがよかった。ちょっと長い通勤電車も気持ちよく迎えられた。

帰りのバスの運転手さんは仏頂面だった。この人の運転のバスに2時間以上乗っていることに不安を覚えた。怖いし、眠いから眠ってしまおうかな、と思いながら文章を書いている。


大切な友だちが元気がない。会ってはいないけれど、なんとなく分かる。LINEの返事の頻度とか、笑ってる顔文字とか、文章で分かる。分かってしまうから、すごく心配でたまらない。最近、悲しい夢を見るのは、彼女の悲しいきもちが見えているからなのかもしれない。

大人になって、結婚をして、どうしても友だちとの会える頻度が減った。学生服を着ていた頃は、毎朝あの子の笑顔があった。おはよう、と、またね、を何度も何度も繰り返した。それぞれの親が作ったお弁当を食べて、勉強の話をした。将来の夢の話をした。たった数年の人生の中だったけれど、その頃あった悩みは全て絶望的だったし、その頃見ていた未来はどれも光り輝いていた。そうやって過ごした友だちとの時間が、今のわたしをどれほど支えてくれているのかは計り知れない。なんだってやれる、本気でそう思って、泣いた。世界に絶望して泣いた。わたしが世界を変えるんだ、って本気で思っていた。

今は、わたしたちが抱えている悩みは、とてもちっぽけなのだと知ってしまったから、その悲しみをきちんと悲しいことだと悲しみきれない。そんなことでクヨクヨしてはいけない、と広い世界をほんの少し知ってしまった26のわたしは、絶望とはなんなのか忘れてしまった。

人は大人になるたびに、悲しいことを悲しいと、悔しいことを悔しいと、泣いてはいけなくなるのだろうか。声を出して泣いたり、怒ったり、することはいけないことなのだろうか。本当は、地団駄を踏んで、癇癪を起こして、わたしは今とても悲しいんだと伝えたい。

彼女はそれができないから、今苦しいのではないかと思っている。学んでしまった社会のルールで、本当は違うと思うことに、イエスと言ってしまっているのではないかと思う。彼女の抱えているかもしれないものが、それは深く苦しいものなのだと分かち合いたい。でも、手を離さなければ、いつだってそこから救い出せる。いつだって。それも教えてあげたい。

そういうときに必要なことは、言葉ではない、なにか、なのかもしれない。思うだけで伝わることがあると思うから、わたしは励ましの言葉ではなく、一心に彼女を想うことにした。

本当あれは辛かったよね、って今話していることのように、どれもが過去になるとその辛さがほんの少しは安らいでいくことも知っている。どんな悲しみも、記憶と共に薄れることは救いだと思う。忘れっぽい自分への苛立ちも、そう思うと少し薄れる。

どんなことも無しにはできないけれど、できるだけ薄く、薄くすることはできるのかもしれない。何もかもから解放される人生などないとしても、嫌なことは少しでも薄く伸ばしていくことで減らしていくことができる。

悲しみは分かち合って半分、とはそういうことなのかもしれないな、と思っている。

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