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【ショート・ショート】約束 その2

「お兄ちゃん、居る?」
 由紀子が窓の下から呼ぶ。
「朝っぱらから大きな声を出すなよ」
 孝は二日酔いの頭を抱えながら、窓から顔を出した。
「いつまで寝てるの。もう、お昼だよ」
「いいから、上がって来いよ」

 おばさん、こんにちはと言う声が聞こえたかと思うと、トントントンと階段を上る音がして、由紀子が入ってきた。
「酒臭ぁーい。また遅くまで飲んでいたんでしょう」
「うるさいなぁ。まったくお袋みたいだな。何か用か」
「用がなくちゃ来ちゃいけないの」
「そうじゃないけど。何にか、やっと彼氏ができたとでも報告に来たのか」

 由紀子は幼なじみである。というより妹に近い。子供の頃から、由紀子は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と付きまとい、孝もよく面倒を見ていたものだ。
「付き合ってくれって言われたの。返事はまだしてないけど」
 瓢箪ひようたんから駒。孝は戸惑いながらも、
「へぇっ、物好きな奴もいるもんだ」
 と減らず口を叩く。
「どうしたらいいと思う」
「好きにしたらいいんじゃないか」
「本当に、いいの」

 問いつめるように、孝の顔をのぞき込んできた。甘い香りが鼻腔をつく。
 酒精がまだ頭の中で暴れている。見慣れているはずの顔が、何だか今日はやけにまぶしい。
 息苦しさを覚えて目を外らすと、大きく襟の開いたTシャツから胸の谷間が……。思わす孝は息をむ。
 しばし孝の動きが止まったのを、由紀子は見逃さない。
「あっ、私のオッパイ見てたな」
 由紀子は、胸を両手でおおう。

「見てないよ」
「エッチ! おばさんに言いつけてやるから」
 そう言いながら、ドアに向かう。
「もう帰るのか」
 振り向いた由紀子に、
「オシリもでかいな」
「ん、もう、いじわる」
 由紀子は、口をとがらせて出ていった。

 孝が笑っていると、いきなりドアが開いて、
「やっぱり、やーめた」
 と再び顔を見せる。
「何だ、忙しいヤツだな」
「だって、先約があるからね」
 何か言いたげな顔を置き去りにして、由紀子はツッツッツッと降りていった。

 階下で一緒にお茶でも飲んでいるらしい。由紀子が来ると、お袋はいつもご機嫌だ。二人の笑い声が響く。

 孝は、それをほのぼのと聞いている。


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