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【ショート・ショート】靴

今日、入学式の所が多いと思います。ご入学、おめでとうございます。


 深夜、階下で物音がした。ドアから顔だけ出して見ると、薄暗い三和土で動く影がある。親父だ。ドアを静かに閉める。


 もう三十年近く前になるが、私の入社式の日のこと。
「スーツに、スニーカーはおかしいでしょう」
 お袋の言葉を聞き入れて、親父の知り合いの店でくつあつらえた。
「社会に出たら、まず服装や持ち物から、その人が判断されるのよ」
 お袋は、親父の造ったかばんを手渡した。

 親父が鞄職人だったので、工房兼自宅はいつも獣皮の臭いがしていた。染料や獣脂が染みた手を見るのが嫌で、いつ頃からか親父を避けるようになっていた。

 私は機械系のエンジニアになった。

 出張に行った際、初対面の挨拶が終わると、
しっかりした、良い鞄をお持ちですね」
 とよく話題に上がる。
 確かにエンジニアの私が見てもそう思う。
 簡素なデザインながら、良質の皮を使い、痛みやすい所は予め二重にして補強がしてある。縫い代は十分取ってあるし、縫い目の長さを揃えて、上手く力を分散させてある。
 中学しか出ていない親父だが、技術と経験でつちかった、力学的にも理にかなった造りだ。
「父が造ってくれたんですよ」
 三年経った頃、やっと胸を張って言えるようになった。

 日々手入れして、傷んだら修理してもらって、それは今もなお現役だ。

 今日は、息子の高校の入学式。

 かつて親父は、友人の靴職人の手解きの元、一年掛けて私の靴を造ってくれた。
「お父さんは黙っていろって言ったけど……」
 随分経ってから、お袋が教えてくれた。


 今度は……。

 朝、ピカピカに磨き上げられた靴が、息子の入学を祝ってくれるはずだ。


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