【連載】ターちゃんとアーちゃんの歳時記 如月
雪
「おーい、起きろ。雪だぞ」
パパが開け放した窓から飛び込んでくる冷気。アーちゃんは、生まれて初めて雪を見ました。
「すごーい!」
夕べから降り続いていた雪は、朝になると十センチ近く積もっていました。三年ぶりです。
「雪ダルマを作ろう」
異口同音に、パパとターちゃん。
「アーちゃんもやる」
ママに厚着させられたアーちゃん、雪ダルマのようです。
「アーちゃん、こっちに来てごらん」
アーちゃんは外に出て、玄関の脇の木の枝に積もっている雪に手を伸ばしました。
指が触れると、はらはらと、それはとても頼りなく崩れます。
「冷たいね」
アーちゃんは、ママを振り返りました。ママは頷きながら、手袋をはめてくれました。
「こっちだ、こっち」
パパは大きな雪玉を作っています。ターちゃんは、それを玄関の脇に積み上げています。
「いっぱい持ってきて」
アーちゃんも、雪玉を作ろうとするのですが、なかなか上手くできません。そのうち手袋が濡れて、指先がかじかんできました。
見かねたパパが、小さな雪玉を作ってくれました。それをコロコロ転がして自分の頭ぐらいの大きさになったところで、それ以上転がすことも、重くて持ち上げることもできません。ターちゃんが飛んできて、よいしょと運んでくれました。
「すごーいね」
ターちゃんの株が上がりました。
「ここに置くぞ」
パパは、また新しい雪玉を作りに行きます。ターちゃんは、何か閃いたようです。
「やっぱり、飛行機にする」
「あーい」
アーちゃんが答えます。
一時間ほどするとかっこいい飛行機ができました。滑り台まで付いています。
「ママーっ。できたよ!」
さて、記念撮影です。
機長のターちゃんの背にしがみつくアーちゃん。
二人の真っ赤なほっぺが笑っています。
お遊戯会
ターちゃんは数日前から風邪をひいて、三十八度の熱で朦朧としています。
アーちゃんも、ターちゃんの風邪が伝染ったのか、二三日前からお腹の調子が今一つです。
「まあ二人とも、よりによって……」
ママの嘆きも分かる気がします。
年長のターちゃんにとって、これが最後のお遊戯会なのです。
思えば二年前、初めてのお遊戯会。
前の晩、ママは心配で心配で一睡もできませんでした。
「あの子、ちゃんとできるかしら……」
当日、ママにはターちゃんのダンスが滲んで見えました。
「あの子が健気で……」
何にしても、ママはハンカチが手放せません。
今年は、幼稚園の狭いホールではなく、市民会館の大ホールを借りてやることになりました。パパは、早くに出掛け場所を確保して、ビデオカメラを据え付けます。
「ちゃんと踊れるかしら」
ママは、気が気ではありません。
ターちゃんの踊りが始まりました。途中で気分が悪くなって倒れはしないか、心配で踊りを楽しむ余裕などありません。四つの目が見守る中、何とか最後まで踊ることができました。
ふうーっ。
ママは、安堵の胸をなで下ろす間もなく、ターちゃんを急いで家へ連れ帰りました。一時間後、ターちゃんを両親に預けて、ママが戻って来ました。
アーちゃんの出番はもうすぐです。ママは休む暇もありません。
緞帳が上がりました。アーちゃんは、『ピーマンマン』という劇を演じます。
息を呑んで見つめる中、楽しそうに踊ります。アーちゃんのはにかむ笑顔が、ビデオカメラのファインダーにクローズアップされました。
何年後か、二人はこの区切られた時間の中から何か拾ってくれるだろうか。
パパは考えます。
そして。
忙しくて泣く間さえなかったママでしたが、後日ビデオでじっくり観て、しっかり涙を流したようです。
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