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【連載】ターちゃんとアーちゃんの歳時記 葉月

セミ捕り

「あーい」
 アーちゃんは、小走りに公園から家へと向かいます。ターちゃんが、ジュースを持って来るように命じたからです。
「車に気を付けろよ」
 パパが、小さな後ろ姿に声をかけます。
「あーい」

 深くかぶった白いシャッポは汗でびっしょり。日差しは衰えを知りません。それでも、アーちゃんは真っ赤な顔をして、家まで走り続けます。
 アーちゃんは、玄関に入るや否や、声を張り上げます。
「マーマっ、マーマっ」
 声を聞きつけて、ママが家事の手を休め、顔をのぞかせます。

「どうしたの?!」
「ターちゃんが、ジュースだって」
「一人で来たの? ターちゃん達は?」
「公園で、セミ捕ってる」
「まあ、呆れた。外は暑いでしょう」

 滴る汗がアーちゃんの頬に幾筋かの線を描いています。ママは、肌に張り付いているTシャツを脱がせ、アーちゃんの顔や体を濡らしたタオルで拭いてあげます。

「アーちゃん、セミは好き?」
「好きっ」
「ターちゃんは?」
「うーん」
 アーちゃんは、小首を傾げます。
 そして……。
「好き」
「アーちゃんは、お利口さんだね」
 ママは、冷えた麦茶を渡しながら苦笑します。

 アーちゃんは、コップを両の手で持って、うまそうに喉を鳴らします。ママは、乾いたTシャツを着せて、水筒を肩にかけてあげます。
「車に気を付けるのよ」
「あーい」
 とことこ揺れる背中を、ママは目を細めて見送ります。

 今日も今日とて、
「行くぞ」
 ターちゃんは虫網だけ持って公園に走ります。
「あーい」
「これ持って」とママ。
「あーい」
 アーちゃんは、トコトコと付いて行きます。肩から水筒を下げ、右手に虫カゴを持ち、首にタオルを掛けながら。

 今日も午前中から真夏日。太陽はギラギラと空であぐらをいています。


アーちゃんのお願い

 日が落ちるまで、ボール遊びに虫捕りにと大忙しだった、ターちゃん。疲れ果てて、居間のソファの上で舟をぎ始めました。

「ほら、もうすぐご飯だから、今頃から寝ないで」
 夕食の支度をしていたママが、ターちゃんの肩を揺さぶります。ですが、一旦は目を開けるものの、直ぐにまぶたが落ちてしまいます。

「ほらーっ」
 再びママが肩に手を掛けると、
 しーっ。
 アーちゃんが口に指を立てなながら、
「ママ、ターちゃんを起こさないで」
 とエプロンの裾を引っ張ります。

 ターちゃんが起きていると、振り回されて、自分の好きな遊びができないアーちゃん。ターちゃんを起こさないように必死です。


 そんなこととは露知らず。ターちゃん、いびきをかき始めました。


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