見出し画像

【ショート・ショート】斎場

 一昨日、商工会会員の父親が亡くなった。それほど深い付き合いはなかったが、鈴木は通夜に参列した。
 鈴木はタクシーを降りて斎場を見上げた。
 ほう、立派なもんだ。
 ホテルかと見まがうばかりの造りだ。

 鈴木が玄関に足を踏み入れた時、ドアの両側にいた二人の職員が近づいて来た。鈴木は何事かと身構えた。だが二人の口元に浮かんだ笑みを見て、肩の力を抜いた。
 若い方は数メーター手前で立ち止まったが、年輩の方が一礼しながら側までやって来た。男は、周りをはばかるようにして鈴木の耳元でささやいた。

「私は、支配人の斉藤と申します。お客様が当斎場1万人目の利用者でございます」
そこで一息吐いて、
「ささやかですが席を設けさせていただきます。また、プレゼントも用意しております。後ほど事務所の方にお越し戴けたらと存じます」
 それだけ言うと、また一礼して引き上げていった。

 ――ほう。場所が場所だけに派手な式典はないようだが、これってディズニーランド来場者10万人目みたいなものかな。
 鈴木は今までの人生、福引きや懸賞で当たった経験がなかった。だが珍しく今年の初詣のお神籤みくじでは大吉を引き当てたばかりだった。
 ――やっと俺にも運が向いてきたか。
 思わず緩みそうになるほおを引き締める。


 焼香を済ませて、斎場受付で支配人室を訪ねると、係に案内された。支配人は、「お待ちしていました」と別室にいざなった。
 ソファーやテーブルなどの調度品が重厚な造りで、鈴木は前にテレビで見た某ホテルのスイートルームのようだと思った。
 支配人は鈴木にソファーを勧めて、向いに着席した。支配人の横には先程の若い職員が座り、ノートパソコンをひざに待機している。

「お客様、始めにお名前を伺ってよろしいでしょうか」
「鈴木 洋司、洋は太平洋の洋、司は司会者の司」
 キーボードを打つ音が響く。
「ご住所は?」
「市内**町4丁目2番19号」
「ありがとうございます。年齢を伺っても……」
「42才」
「ご職業は?」
「自営業だ。もういいだろう」

「もう少しお願いします。書類を作成する上で必要ですので……。奥さんのお名前は?」
「明子、明るい子だ」
「年齢は?」
「そんなことまで必要なのか?」
「はい。差し支えなければ……」
 はい、38才ですね。お子さんは……あっ、お二人。年齢は……12才と9才、と。小学6年生と3年生ですか……。まだまだお金が掛かりますね。
「そんなこと関係ないだろう。失敬だな、君は」
「大変失礼しました。以上で終わりです。ご協力ありがとうございました。それではお食事をお楽しみください」

 鈴木は促されてテーブルに移った。支配人が合図すると、料理が次から次に運ばれて来た。たちまちテーブル上は料理で埋め尽くされた。
「鈴木様、お飲み物はどういたしましょうか? ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、ワインなど、何でもご用意できますが」
 給仕の男が伺う。さすが民営はサービスがいい。
 鈴木はあつかんが好みなのだが、千鳥足で帰るわけにはいかない。周りの目もある。
「じゃあビールを頼む」

 料理にはしを下ろした。
 旨い。一流レストランにも引けは取らないと思う。いやそれ以上かも知れない。
 ――もし『死ぬ前に食べたい料理は何ですか?』というアンケートがあれば、今だったら迷わずこれを推すな。
 鈴木は舌つづみを打つ。

 鈴木は腹がくちくなって箸を置いた。
 ――そろそろ引き上げるか。
 時間を確かめる。
 ――この分だと、プレゼントもさぞかし良い物だろうな。
 物欲しげな口調にならないように気を付けながら、鈴木は尋ねた。
「先ほどプレゼントも用意しているとのことだったが……」
「はい。こちらです」

 鈴木はおうように受け取りながら、すかさず封筒の厚さを確かめた。
 ――さしずめデパートの商品券が一、二万円分ってとこかな。
 鈴木はにんまりしながら中身を確認する。
 ぎぇっ。
 鈴木は思わず奇声を発した。

「私は先ほど、来場者ではなく、利用者と申し上げました」
 支配人の静かな目を見た途端、鈴木は漠然とした不安が足元からり上がってくるのを感じた。
「実は、ここにおります田中には、予知能力があります」
「……」
「ご存じでしょうが、人が亡くなると色々とお金が掛かり……」
 支配人の言葉が遠くなっていく。


 鈴木の手には、この斎場の無料利用券が握られていた。




よろしければサポートお願いします。また読んで頂けるよう、引き続き頑張ります。