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トランスマーチとチョコレートケーキ

娘の名づけで、後悔していることがある。
ヤバッ。我ながら、まさかあんな不覚をとるとは。
そしてこんなに早く、娘にバレる日が来るとは。

その日とは今年の3月31日。国際トランスジェンダー認知の日だった。

私と娘は東京のJR新宿駅前で、トランスマーチのパレードがやってくるのを待っていた。
正式名称は「東京トランスマーチ2023」。トランスジェンダーの権利と差別反対を訴える催しで、私たちは沿道から声援を送ろうとスタンバっていた。

目の前は、日本最大のバスターミナルの一つ、バスタ新宿。
「あのバスに乗るにも、ビクビクしないといけない人が、たぶんいるんだよね。そんなバス、ヤじゃない?」
そんなことを話しながら。

「きょうってレインボープライドじゃなかったの?」
むきだしの太陽に眉をしかめて、娘が言った。晴天の最上級として”天晴れ”と名づけたいほどの青空だった。
てっきり渋谷に行って、東京レインボープライドを見学し、その帰りにポケモンセンターで父親に記念品の購入を迫るという黄金コースをイメージしていたらしい。
幸いにも、新宿にはポケモンセンターはない。不幸にも、ディズニーストアはある。
「それは来月だね。それも行くけど今日は違うやつ。あ、きたきた」

ブルーとピンクとホワイトのボーダーフラッグ。
やってきた第一フロートに、二人で手を振った。こんな時、どんな声をかけるのがいいのか。私はいまだに分からない。
「がんばって」ではない気がする。催しの趣旨からして「ハッピー!」とか「おめでとう」でもないだろう。「応援してます」は蛇足な感じだ。こちらは手を振ってるくらいなのだから。

だから私たちは、笑顔を投げかけることにした。おじさんと、おじさんと同じ顔をした小さいのが、ニコニコブンブン。
そんな我々にパレード参加者は笑顔を返してくれた。
「ありがとう」
そう言ってくれた人たちもたくさんいた。

私たちはなにも言葉を発していない。でも、ありがとうが返ってくる。この交流が大切で、娘にそれを知ってほしくて連れてきた、というのもある。
理解してるだけじゃない。理解を示すことが大事なんだ。それで勇気づけられる人がいる。トランスジェンダーは人口の0.5%といわれるから、娘の学年にもいるはずだ。いつか誰かを助けることができるかもしれない。助けてもらうことだって。それを現場感覚で知ってほしかった。

せっかく来たのだから、もう一度。今度は靖国通りに移動して。
「あっ!ミッキーのおみせ!」
「今はネズミよりペンギンのお店!」
私は娘をドン・キホーテ歌舞伎町店へと促した。

コースを折り返してきた先頭集団とは、すぐに再会した。二回目ともなれば娘も照れがなくなり、手を振り慣れてくる。
「さっきとおなじひと・・・」
少し気まずかったらしい。

その気持ちは少し分かる。
会社でトイレにたったとき。行きですれ違った人には「お疲れさまです」。でも、帰りに同じ人とすれ違ったら、どんな挨拶が正解なのか。「スッキリしました」じゃないのはわかる。あの気まずさに誰か名前をつけてもらえないものか。

マーチは通り過ぎていった。
「マーチはもうどうでもいい!ケーキたべたい!」
さすが小1。ボキャブラリーに容赦がない。そして抜け目もない。靖国通り沿いにサイゼリヤがあったのだ。
「いいね。奢ります」
私たちは道を渡り、お店に入った。

わざわざパレードに来た理由のもう一つは、これ。チョコレートケーキではない。性について話す機会をつくることだった。
これからいろいろな出会いが彼女に訪れる。お友だちと、好きになる人と、自分自身と。
しかしその時になって初めて話し始めるのでは、少し遅い気がしていた。誰かを傷つける前に。自分を傷つける前に。
性について話すことに、早めに慣れておきたかった。その結果、彼女がどんな価値観をもつかは、彼女の自由だから。

いろいろ話した。 
いまどんなお友だちがいる?きっとその中にもいろんな子がいるよ。
みんな何かのマイノリティ。いろいろあって当たり前。
女の子と男の子の間には、絵の具を指で伸ばすみたいにグラデーションがあってさ。君もこれから自分の色を発見していくだろうし。
君の名前は女性として生きていくにも、男性として生きていくにも、両方使えるようにしてあるんだよ。

そして、娘は言った。
「おんなとおとこだけなの?」

子どもの素朴な疑問は、真理をブスッと突いてくる。
イタい。バレた。そこ、気づいちゃいましたか。

娘の名前は、漢字二文字。二音の女性名として読め、四音の男性名としても読み替えることができる。
そう。バリバリの女性名とガチガチの男性名の両極端で、その間がない。いつか自分の名前に違和感を感じても、面倒な手続きをせずに済むようにと考えたのだが。女性であり男性でもある、あるいはその逆パターンを、6年前の私は想定できていなかったのだった。

かつての自分の不見識を詫びるしかない。
「ごめん。女と男だけじゃないのよ、これが」
「ふーん」
「いやーさすが。いいとこに気がつくね」
褒めてみた。
「ふーん」
ダメでした。
娘はトランスマーチで、私よりもずっと多くのことを学んでいたようだった。

「はんぶんあげる」
ケーキが食べたいとねだりながらジェラートに浮気し、甘いものにすっかり飽きた娘がケーキの残りを私にくれた。

どこが半分なのか。1/3、なんなら1/4程度しか残っていない。
「これ、半分か?」
「はんぶんでしょ。わたしにとっては、はんぶん。どうみても」

これもまたグラデーションなのかもしれない。
娘にとっての半分と私から見た半分が違うように、性の自認感覚もまた人によって違う。
半分かそうじゃないかよりも、それをシェアしあえる誰かがいる幸せを、いつか知ってくれるといいな。そんなことを思った。
ありがたくいただいたチョコレートケーキは、苦みと甘みが絶妙なバランスだった。

帰り道。駅に向かう途中で、満開の桜に出くわした。パレードに手を降っている間、いい香りがしていたのはこれだったのか。
娘にとってのトランスジェンダー・フラッグはきっと、快晴のブルーと桜のピンク。そして、オラフのキーホルダーのホワイトだ。

実は今回、東京トランス・マーチをどんな目で見ていいか、分からない気持ちもあった。団体のトラブルをサイトなどで知っていたから。SNSでの賛否両論も見ていた。
けれど、われわれ親子にとっては、行ってよかったイベントだった。間違いなく。

娘は来年も一緒に来てくれるだろうか。その時はまた、よろこんでディズニーストアに連れて行かれようと思う。

(終わり)


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