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第15回「本を売る」ことに魅せられて

 2004年(平成16年)夏、僕は志夢ネットの仕事をメインとしつつ、日本書店大学の事務局の仕事も兼務し、夜は阪急ブックファースト渋谷店でアルバイトをする日々を送っていました。ブックファーストの勤務時間は23時まででした。ピークタイムを過ぎるとお客様の数も減ってきます。レジで待機状態となりますが、カバーを織ったり、備品の補充をするのは、昭和時代と同じです。もっとも異なることは、売上データの確認です。昭和ではPOSがなかったので、売上を確認するツールは、売上スリップでした。お客様を待ちながら、レジの片隅で何が売れたかを仕分けして、確認していました。しかし、POSに変わってからは、社内システムを使って、今日売れてる本のランキング(フロア別、ジャンル別)をパソコンに表示させます。画面を眺めているだけなので、その瞬間は理解できるのですが、社内システムを閉じると、PCのメモリから消えるのと同じように、こちらの頭の中の記憶も消えてしまうのです。やはり、商品を覚えるなら売上スリップの仕分けのほうが良かったと思います。しかし、高い金をかけて構築したシステムですから、紙のスリップは使うな!という指示が上のほうから降りてきていた時代でしたね。とは言え僕は写真のようにスリップを仕分けして分析していました。

語学書のスリップを仕分け


社内システムを使えば、渋谷店だけでなく、ブックファーストの他の店舗のデータを見ることもできます。
同じ本の「入荷」「売上」「在庫」「返品」が一覧で確認できます。売上率(消化率)などを比較すると、消化率が低い店、在庫が余っている店があります。
志夢ネットでは入荷していない本がブックファーストの各店には行き渡っていますが、店によっては在庫を持て余している店もあるのです。

出版業界における「偏在」が問題となっています。同一地域や同じ駅でありながら、ナショナルチェーンの支店には新刊が入荷していますが、すぐそばで営業している中小書店には、まったく入荷がない場合があります。
僕が出版社で営業マンとして働いていた頃なので、90年代の話になりますが、目と鼻の先にあるライバルの大型書店には新刊が並んでいます。中小書店の店主は、忸怩たる思いを抱きながらも、大物人気作家の新刊が一冊も入荷しないと、自店に来るお客様を逃がさないためにライバル店へ行って図書カードで本を購入して、自店に並べたのです。ちなみに図書カードの掛は、9.5です。定価で本を買っても5%粗利益が残ります。

さらに時が経過して、地方都市にもイオンモールなど大型のショッピングモールができ、そこにナショナルチェーンの大型書店ができると、その書店に行けば新刊があるのに、町の書店には1冊も新刊がないのです。発売日に新聞広告を見て来店する常連客の手前、商品がないとは言えません。そこで苦肉の策として、2000年(平成12年)からトーハンが始めた「ブックライナー(本の特急便)」で商品を頼むと送料負担となりますが、新刊やベストセラーなどが送られてくるのです。宅配便なので土日祝日など曜日に関係なく届くので利用する書店が増えました。同様に日販の宅配サービス「Quick Book」や栗田出版販売がヤマト運輸とはじめた「ブックサービス」は、帳合の垣根なしに利用する書店がありました。志夢ネットでも日販帳合の書店が「ブックサービス」を利用していました。
しかし、これら取次店の宅配便を使ったサービスは、客注品(お客様が注文した本)対応として始めたものであるにもかかわらず、店頭在庫用に活用する書店が多くあったのです。
勿論、宅配便の送料や手数料を負担するのですから書店の粗利益率は減少します。
ちなみに日販の「Quick Book」やトーハンの「ブックライナー」ができた同じ2000年(平成12年)にbk1(現在のhonto)と楽天ブックスも本の通販サイトを開設しています。またトーハンの「e-hon」や日販の「Honya Club」(元々は、本やタウン)も一般読者向けの本の通販サイトを開設しています。この二つはご自宅への配送の他に指定した書店でも受け取りが可能です。(e-honならトーハン契約書店、Honya Clubなら日販契約書店)なぜ揃って同じ年に本のインターネット通販サイトが開設されたかと言うと、この年2000年11月1日、Amazon.comの日本版サイト「Amazon.co.jp」が開業するからです。

7月15日、2004年上半期、第131回「芥川賞」は、モブ・ノリオの『介護入門』(文學界2004年6月号)が受賞。そして、「直木賞」は、昨年『重力ピエロ』(新潮社)でノミネートされた伊坂幸太郎が『チルドレン』で再びノミネートされましたが残念ながら落選。

伊坂幸太郎『重力ピエロ』新潮社


伊坂幸太郎『チルドレン』講談社


受賞したのは奥田英朗の『空中ブランコ』(文藝春秋)と熊谷達也の『邂逅の森』(文藝春秋)でした。前回と同じくダブル受賞となったのです。芥川・直木ともに文藝春秋と交渉しなければ(^_^;)

この頃、僕は紀尾井町にある文藝春秋に毎月通っていました。お相手してくださったのは、書籍営業部長の濱宏行さん。これから出る新刊を丁寧にご説明いただき、重版情報や他書店で仕掛け販売している文庫などを教えていただきました。毎回とても刺激のある商談でした。

さて、そうなると、もうひとつの大手文芸版元である新潮社に定期訪問をしなければならないことは、わかっていました。
只、これまでのようにアポなしの突撃訪問では、無駄足になるでしょう。新潮社は出席はしていませんが、6月8日、志夢ネットの説明会については、業界誌がとりあげてくれたので、まったく知らないことはなかろう。僕は名刺入れの中から新潮社の鈴木藤男さんの名刺を取り出しました。鈴木さんとは、米子の今井書店の「本の学校」で面識がありました。「本の学校」では毎年5月中頃、約2週間にわたり、「出版業界人研修 基本教育講座」(通称:春講座)が開催されています。新潮社の営業部長だった鈴木藤男さんは、文芸書の販売に関する講座の講師をされていました。僕も同じく、当時はIT系の版元にいたので、「パソコン書の販売対策」という講座の講師をしていました。講演が終わり、講師を交えた懇親会の席で、僕は新潮社の鈴木藤男さんとお会いし、意気投合しました。
その時のことを覚えておいでか、恐る恐る電話したところ、鈴木さんは営業部から宣伝に部署が変わっていましたが、『新文化』を読み、僕のことも覚えてくれていました。さっそく神楽坂にある新潮社を訪ねました。鈴木さんに『志夢ネットExpress』を見せて、いろいろ話をすると、志夢ネットの活動に賛同すると言ってくれたのです。そして、内線で営業部を呼び出して、何か指示をだしていました。すると5分とたたないうちに、応接室に、もう一名いらっしゃいました。営業部課長の本間隆雅さんを紹介してくれたのです。鈴木さんは、今までの話を本間さんに話し、これから毎月、僕と会うようにセッティングしてくれたのです。ありがとうございました。鈴木藤男さん。
その時一冊の本をいただきました。蓮見圭一『水曜の朝、午前三時』(新潮社2001年刊)帯には「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機のなかで、涙がとまらなくなった……」と児玉清の激賞の言葉が書かれていました。よし!これを志夢ネットで、拡販しよう。

蓮見圭一『水曜の朝、午前三時』(新潮社2001年刊)

6月の志夢ネット説明会に欠席された講談社ですが、どのタイミングかは覚えいませんが、定期的に商談できるようになったのは、やっぱりこの人にお会いしてからかな?
藤崎隆さん。村上春樹の『アフターダーク』(2004年9月刊)など便宜を計っていただきました。感謝、感謝です。

こうした出版社との交渉など昼間は外勤をして、夜は阪急ブックファースト渋谷店で23時まで働き、日付を超えて帰宅。昼間、出版社から得た情報を夜中に店長のメーリングリストにながしていました。すると、夜中1時だと言うのに返信が!誰だろう。こんな時間に。確認するとBOOKSアコードの奥則夫さんでした。皆んな遅くまで仕事をしているのだな。
僕もがんばろう。

「どうせなら夕方にして、打ち合わせのあとは一杯やろう」と誘ってくれるのは、光文社の服部泰基さん。「これ読む?」と言ってゲラを渡されたのは、なんと!荻原浩の『明日の記憶』でした。「読みます」と言って、受け取り、そのまま飲み屋に直行。ホッピーを何杯飲んだかわからない。だって、夕方から5時間飲みっぱなしでしたので(笑)服部さん、いつもありがとうございます。


夜中に帰宅した僕は、いただいた『明日の記憶』のゲラを読み耽り、気がついたら朝でしたが、ゲラを捲る手がとまりません。一気に読み上げた時には、新潮社の新井久幸さんではありませんが、「いけるじゃん!」と快哉を叫びたくなりました。

これを志夢ネットのみんなと共有したい。しかし、ゲラは一部しかない。コピーしたら本が何冊も買えてしまう(^_^;)
とりあえず、文芸書リーダーの鴨川書店ソフネット店の小倉店長に送ろう。
ちなみに『明日の記憶』が第2回本屋大賞で2位となったのは翌春の話。また、この本を読んだ渡辺謙が感動し、ハリウッドから光文社に直接電話して、映画化が決まり、監督:堤幸彦、主演:渡辺謙、樋口可南子で、2006年に公開され、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞を受賞しました。

さて、この月は、日本書店大学の定例会があり、下記のように定例会の案内を会員へ送りました。

7月例会
日時:2004年7月11日(日)〜12日(月)
13:30~15:00 明日香出版社 石野 誠一社長 様
出版業界RFID(無線ICタグ)の現状と展望報告
15:10~16:40 いまじん  佐藤部長様
演題 「どのようにコストカットするか」     
16:50~18:20  最近の出版業界の情勢 田辺学長
18:20~19:00 夕食
19:00~20:30 書店大学新事務局 草彅 主税氏(本の学校でも四回講演されています)
「コンピュ-タ書の棚作りと売上UPの事例発表」と自己紹介
20:30-21:00  学友店  近況報告 5人程度 3分/1人
皆様方各お店において、在庫コントロール管理方法をとられてるか、各店の状況をお伺いしたいです。目的は運転資金がいつも不足で、その削減のために、問屋さんか らの請求額を減らすための在庫コントロールをしたいのです。もちろんお客様の期待を裏切るさびしい在庫状況にはしないということはベースにあります。資金繰り管理を各お店様はどうやっているかも情報交流しあえたらありがたいことです。
近藤会長  6月の近況報告 事務連絡
 ◆出版社訪問(7月12日)
集合時間9:40小学館PS 4F会議室
時間は10:00〜11:30
①『世界の中心で愛をさけぶ』の大ベストセラ-への道のり、仕掛け等の講演
②企画商品の説明
③書店営業から見た良い店、売ってくれる店、小学館の出版物はこうして売る等 

なんと!僕もご挨拶代わりに、講演をすることになっていました(・_・;

日本書店大学の会員は、当時32社ありました。志夢ネットに参画する7社の他に、千葉県のアーク、石川県のブック宮丸、神楽坂の文悠、三重県のアドバンス、神奈川県の伊勢治書店、東京都昭島市の井上書店、東京都立川市のオリオン書房、長崎県のクラークケント、埼玉県のグリーンブック、茨城県の敬文館書店、神奈川県の三雄堂書店、茨城県のツルヤブックセンター、岡山県のヒロシゲ文庫、大阪市のブックスコスモ、宮城県のヤマト屋書店、山梨県甲府市の朗月堂など全国から書店の2世3世経営者が学んでいました。

大先輩を前に講演するのは、釈迦に説法ですが、まず基本的な棚作りの話をしました。
下記の図をご覧ください。 

棚に「A」〜「F」までの小ジャンルが並んでいます。まず「A」は1列目の1段目の半分のスペースと2段目の全スペース、3段目の半分のスペースを占めています。ちょうど棚2段分のスペースなので、3段に分けるのではなく、2段でまとめたほうが、お客様も探しやすくなります。同様に「B」は1段分のスペースなので、2段に分けずに並べると良いでしょう。一番悪いパターンが「C」です。1列目と2列目に、またがって置かれています。この並べかたは、お店都合の並べかたなので、列をまたがないように、まとめることをお薦めします。何故ならお客様は、1列目の4段目だけを見てる場合があります。(或いは2列目の1段目だけ見てる)まさか隣の列に続きがあると、わからないお客様もいるのです。実際に「問い合わせ」を受けて棚に行くと、お客様は「隣の棚にもあったのね」と気づいていないことがありました。そして、大切なのは、売れるジャンルは、お客様の目線の位置(ゴールデンライン)に置くことが基本です。この棚の場合は、2段目と3段目です。
次にパソコン書の棚作りですが.....

あっ!ちょっと字数が多いので、このつづきは、次回とさせていただきます。

では、今回はこの曲で締めたいと思います。
2004年のヒット曲で一青窈「ハナミズキ」(作詞:一青窈、作曲:マシコタツロウ)

薄紅色の 可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように
君と好きな人が 百年 続きますように.....


この曲は2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件にショックを受けた一青窈が歌詞で感情をぶつけたという、誕生秘話があるそうです。

つづく

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