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戯曲 ペテン師とゴーストライター あるいは交響曲第一番「HIROSHIMA」

アンリ

戯曲
交響曲第一番「HIROSHIMA」

この史劇を永遠に残すための若干のコメント

それは2014年2月6日のことだった。「全聾の作曲家佐村河内守はペテン師だった」とタイトルされた週刊誌が発売されると、なんとその日に、私(新垣隆)は佐村河内守のゴーストライターだった告白する記者会見が開かれる。もうその日から、このゴーストライター事件は日本列島に嵐のような騒動を巻き起こした。現代のベートーヴェンとなって社会に大きなブームを生起させた佐村河内守は、一夜にして転落していった。

そしてそのとき、多くの人の魂をふるわせた「交響曲第一番HIROSHIMA」もまた天から地の底へと叩き落されるのだ。ペテン師とゴーストライターの汚れた手によってマーラー風に、あるいはショスコダビッチ風に偽造捏造された汚れた音楽だ、悪臭ただよう呪われた音楽を二度と聞いてはならない、まんまと詐欺行為にひっかかってCDを買った人は、ただちにそのCDを叩き割って、廃品処分にしなさい。

しかしそうなのだろうか。「鬼武者ライジング・サン」も「吹奏楽の小品」も「ヴァイオリンのためのソナチネ」も「ピアノのためのレクイエム」も汚れた悪臭ただよう音楽なのだろうか。むしろこれらの曲は、われらの時代が生みだした永遠に残すべき名曲ではないのだろか。この史劇は、泥まみれ糞まみれのなかに投げこまれたこれらの曲を救い出すためにも書かれたのである。

しかしそのためには、さまざまな技巧が必要だった。まず、「交響曲第一番」の著書をもつ佐村河内守を大河内隆に、「音楽という〈真実〉」の著書をもつ新垣隆を新崎守に、「魂の旋律──佐村河内守」の著書をもつ古賀淳也を志賀純一に、そして「ペテン師と天才」の著書をもつ神山典士を下山紀夫にして、想像力と創造力を喚起させ、演劇的空間、あるいは物語として読まれるストーリーとして存在させた。

したがってこの史劇は、作家がつくりだした架空の物語ということになるが、泥まみれ糞まみれのなかに埋もれている、われらの時代が生み出した名曲を救い出すためにも、あのゴーストライター事件の真実は、むしろこの史劇のなかにあるのだと世に問いかけるのだ。

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