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目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ

 
  

第9章

  
 外は雨だった。毎日のように雨が降り続いた。その日の昼下がり《バオバブ》の窓際のテーブルに座り、手紙を書いていた。コンコンと窓ガラスが叩かれる音に目を上げると、赤い傘をさした令子がおもてに立っていて、そこにいってもいいという仕種をした。ぼくはこいよと手招きした。
「まったく、よく降るわね」
「梅雨がやってきたみたいだな」
「なにやら都会生活の心象風景という感じがしない?」
 都会生活社は、危険な傾斜をさらに深めているようにみえた。さすがにまだぼくらの給料が遅配するなどということはなかったが、そんな兆候が社内のあちこちに感じられるのだ。さまざまな風聞がとびかっては、ぼくらを混乱させたりもした。そんな噂の一つに、コミック雑誌をあてて急激に規模を拡大してきた村田書店が、都会生活社の買収を画策しているというものがあった。
 その日もまた村田書店にまつわる新情報を、令子はどこかで仕入れてきたようだった。
「古田武堆という人物、知っている?」
「いいや」
「サバンナの編集長だった人」
 サバンナとは村田書店が発行している、四百万部という怪物的発行部数を誇るマンガ雑誌だった。
「そいつがどうしたんだ?」
「その人が、最近しばしば瀧口さんと会っているというのよ」
「ということは、例の噂がただの噂だけではないということかな」
「火のないところに煙は立たないということじゃない」
「なにやらいやな予感がするな」
「もしそれが事実だとしたら、実藤さんはどうするわけですか?」
「戦う以外にないと思うね」
「本当にそう思うわけ」
「思うね。村田書店なんて、マンガだけじゃないか」
「それにもあやしげな週刊誌」
「しかし村田書店は、どうしてうちなんかに手をのばしてくるんだ」
「それはうちの知性がほしいからよ。総合出版社として飛躍するには、都会生活社を買収をするメリットはかぎりなく大きいはずよ」
「買収されるほうは、たまったもんじゃないな」
「でも、そんな簡単にいかないと思うわ。あっさり買収なんてされないわよ」
「そうさ。売ってはならないものがあるし、譲ってはならないものがある。屈辱的に買収されるよりも、倒れるときはきれいに倒れたほうがいいと思うよ。潔くどっと倒れるべきだよ」
「そうよね。そこからまた立ち上がればいいんだから」
「そうさ」
「今、とってもおかしな噂が乱れ飛んでいるでしょう。都会生活が廃刊になるとか、人員整理がはじまって半分近くに減らされるとか。事実、経営はひどく苦しくて、社長や瀧口さんたちは資金繰りに必死なわけ。見ていて痛ましいほどだわ。それなのに私たちはいったい何をしているわけ」
「そうだな」
「私たちがしていることといったら、噂話しとか愚痴とか。もうそれだけじゃない。この危機をいったいどうやって乗り越えていくか、そのことをだれも考えようとしないのよ。ただみんなの頭のなかにあるのは、自分はどうなるかだけなの。組合はいったいなにをしているわけ。なにもしてないじゃない。きれいなほどなにもしてないのよ。こういうときこそ、組合は動いていくべきじゃやないかしら。組合のやる仕事ってたくさんあるはずよ」
「うん。そうだな。やることはあるよな」
 とぼくは、令子の気迫にたじろいで、あわてて言った。
「もし都会生活を廃刊にするなどという事態になったら、それこそ私たちは立ち上がるべきだと思うわ。そりゃあ二十万も三十万も出ていたときの勢いはないのかもしれないけれど、でもいまだって確実に七、八万部は出ているわけでしょう。考えてみれば、すごいことじゃないの。もし都会生活を廃刊にするなんて決定がだされたら、私たちは独立したって存続していくべきだわ」
 ぼくもかつては、こういう考え方をしていたものだった。しかし年とともにあたりの状況がよくわかり、社会の現実というものがよくわかってくるにつれて、次第にずるくなっていく。彼女はいつもそんなことを気づかせてくれるのだ。
 話が一転して、葉狩のことになった。まるで恋する女のように葉狩のことを話すものだから、ぼくは軽い嫉妬にとらわれたほどだった。
「あの人はいつも着たきり雀だから、このあいだ木綿のシャツをプレゼントしたのよ」
「令子がミーハーだったことを知らなかったよ」
「そうなの。私ってミーハーだってことに、気づいたのよ」
 と彼女は言った。ぼくはいまや宏子にすべてを奪われていたから、あれから葉狩の朗読会にはいっていなかった。そのあいだに令子は、ぐんぐんと葉狩に惹きつけられていったようだった。
「それにしても奇妙な話じゃないか」
 とぼくはいった。彼がいま取り組んでいる朗読活動のことだ。
「どうして?」
「なんだか雲をつかむような話じゃないか。彼は言葉の実験として、あるいは言葉の遊びとして、その話を組み立てているわけじゃないか」
「そうじゃないわ。葉狩さんは現実に鍬を打ちおろすための、マスタープランとしての言葉をいま刻みこんでいるのよ」
「一つの国家を打ち立てて、独立宣言するなんて、ほとんどSFの世界だよ」
「それがSFじゃないわけよ。広大な新天地に、あの人たちの新しい世界をつくるわけだから」
「そのために独立を宣言して独立戦争をおこすわけか?」
 と言って、ぼくはげらげらと笑った。すると令子は軽蔑するような冷ややかな視線をむけたのだ。ぼくはちょっとあきれた調子で言った。
「君はいったいどこまでそんな話を本気にしているわけだ」
「そういう戦いにあこがれているわけよ。そういうことだってできるわけでしょう」
「いまはそんな時代ではないね。いまの若者ってものすごく冷めているわけだよ。そんな大袈裟な話を生理的に嫌っているところがあるじゃないか」
「そんなことないわ。戦う若者っていつの時代にもいるんだから。先月の朗読会で、葉狩さんがみんなに言ったわけ。奇妙なことを訊くが、諸君は独立戦争をおっぱじめることができるかって。みんなしばらくあっけにとられてどう答えていいかわからずに黙っていたけど、だれかが、やろう、やろうなんて言ったもんだから、どっと湧きあがって。最初はみんな冗談だと思っていたわけよ。でも葉狩さんが、独立戦争の意味を語っていくと、これは冗談ではないってことがわかりはじめて、ちょっと異様な雰囲気になっていったの。それでまた最後に葉狩さんが、君たちは倒れた友の旗を取って再び立ち上がり、その旗を打ち振りながら前進していく勇気があるかって訊くと、あちこちから、おおって手が波のようにあがっていったの。それはすごい熱気だったわ」
「彼は危険なアジテーターなんだ」
「でも、冷めた若者たちを、あんなに高揚させていく彼の力ってすごいと思うのよ」
「彼の言葉には力があるんだ。それは認めるよ。いつも現実とはげしく衝突することによって生みだされているからね」
「言葉だけではなく、今度は本当の独立戦争だって生みだすかもしれないわ」
「もしそうなったら、君は従軍記者となって、その戦いに参加するんだろうな」
 とぼくはまた茶化すように言った。
「そうなの。それ本気で考えようと思うのよ。国家の圧倒的な武力と戦うわが友人たちの抵抗と希望の歌を全世界にむかって報道するわけ」
 とまるでスペイン戦争に参加するような、うっとりとした目をして言った。
 令子は取材に出かけていったが、まるでさあっと熱風が吹き抜けていったようだった。ぼくはまだその椅子に座っていた。手紙を書かねばならないのだ。宏子への手紙を。令子が店に入ってきたので、慌ててかくしたレター用紙を取り出した。その最初の一行をこう書いていた。毎日、雨ばかり降っている、君のいない東京は雨ばかりだ、と。
 彼女からの航空便は、毎日のようにぼくのアパートに届いていた。毎日手紙を出し合おうという約束通り、彼女は手紙を書き投函しているのだ。その日の出来事を軽くスケッチしたという内容が大半だったが、どんな短い手紙にも洒落た工夫がしてあるのだった。あたたかく、ユーモアがあり、おどけていて、かわいくて、そしていたるところに愛のサインをしのばせてあった。
 そんな便りのなかに時折、レターペーパーを何枚も費やして書き連ねた手紙があった。ぼくはその手紙を読んで、ショックをうけたものだ。そこにぼくが知る宏子とはちょっと違った人間が立っていたからだ。ぼくはもっと彼女を軽くみていたのだ。彼女はとても踊りがうまかった。セクシーで、ちょっと崩れていて、西川たちに漂うあの学究肌というイメージがなく、なにかもっと別のタイプの人間にみえるのだった。すべてを犠牲にして論文を書いているということだって、ぼくには分厚い本をファッションの一種として、胸に抱きしめて歩いている女子学生の延長というイメージでしか、とらえていないようなところがあった。
それらの手紙は、そんなぼくの偏見を打ち砕くのに十分だった。そのときはじめて、彼女がしばしば話したボクシングの意味がわかったのだ。たとえばある手紙ではこう書いてあった。
 
《………魔女はいまでも、ヨーロッパの人々のなかに、驚くほどの深さですみついているのです。神とおなじ深さと濃さで。それはちょうど光と影のような関係でしょうね。降りそそぐ陽ざしが強ければ強いほど、影は濃くなっていきます。いまヨーロッパに降り注ぐ陽はよわよわしく、それだけ影もまた弱々しくく、魔女の存在もまたひどく弱々しくみえます。しかしもし再び強い陽ざしをうけたら、かならず魔女は鋭い輸郭を描いておどりでてくるでしょう。魔女というのは、ヨーロッパの魂の一部なのですから。かれらは神をつくりだす激しさと同じ激しさで魔女をつくりだしてきたのです。それはまったく同じ種類の言葉、同じ種類の時間、同じ種類のエネルギーを要したのです。ヨーロッパがつくりだした光の精神、神にむかってのばされた塔のなかに、魔女はしっかりとあきれるほどのたくましさでひそんでいるのです。
 
 ルネサンスとよばれた再生の時代、科学や、芸術や、貿易や、商業や、政治が、新しい光を浴びて新しい活動を起こしたそのかがやかしい時代に、実は魔女は強い輪郭を描いて荒れ狂ったのでした。この時代にヨーロッパ各地でひんぱんに魔女裁判が開かれ、そのいけにえにされた魔女は数千数万という数ではなく、ある学者はなんと数百万人というおそろしいばかりの数字をあげています。この時、新しい科学、新しい精神、新しい思想はこの荒れ狂った魔女狩りに、どのような光をあてたのでしょうか。その非科学的な論理をあばいて、その暴力を糾弾したとでもいうのでしょうか。
 
 事実はまったく逆で、この新しい精神や新しい思想は、魔女裁判をより合理的に、より科学的に裏打ちするという役目をになったのでした。魔女狩りという歴史の仇花は、ルネサンスという新しい人間の精神の躍動がつくりだした影なのだというのが、私の最初のスケッチでしたが、しかしいまは実は逆なのではないかという仮説にかたむきつつあります。ヨーロッパの精神は、光をつくりだそうとしたその当然の現象として、影もまたできたというのではなく、影をつくりだすことによって光をつくりだしていったのではないのか。影をさらに濃くすることによって、新しい光をつくりだしていったのではないかと。その仮説をどのように描いていくか苦心しているところなのですが。
 
 仮説を組み立てるとき、いつも疑問がよぎっていたのです。膨大な資料文献の山から、その仮説に都合のいいものだけを一方的にとりあげていくのは、およそ非科学的で学問的でないという疑問が。しかしあなたはあの雨の日にこう言ったのです。およそ独創的なものは、偏見から生れていくのだと。鋭い創造はいつも偏見のなかから生れていくのだと。客観的で科学的なものの見方なんてありえるわけがないのだと。あなたはそんなことを言ったことをすっかり忘れているのでしょうが、私はありありとおぼえています。その言葉にとても勇気づけられたのですから………》
 
 あるいはまた別の手紙ではこう書いていた。
 
《………おびただしい古文書をひもとくとき、そのあまりのばかばかしさに、その奇妙な論理にあきれはてるのです。しかしその言葉の下で、すさまじい精神のドラマがおこなわれていることがわかります。光と影が、力と力が、正統と異端が、神と悪魔が、それはすさまじいばかりの格闘をしているのです。この世に存在しないものを、全精力をあげて創造しなければならないのですから。数十万、数百万という魔女は創造されたのです。魔女はたしかに存在したのでした。神がそこに立っているように。魔女の問題は、結局は、神の問題だと思うのです。そういう思いにいたるとき、私にはこの論文を、永遠に完成させることができないのではないのかという不安におそわれるのです。神というものは無神論者にはわからないということもありますが、それにまして神とは言葉で表現できぬもの、言葉を拒むところに存在するものですし。とすると魔女もまた言葉ではとらえられないものになるわけです。
 
 言葉といえば、いつかあなたは、どうして日本語で書かないのだとたずねたことがありましたね。そんなことを言われたのが、はじめてだったこともあって、とてもおどろいたものでした。私にとって母国語とは英語でした。論文を書きはじめたとき、なんのためらいもなく、もっとも自由につむぎだされる言葉、すなわち英語で書きはじめたのでした。私が日本にもどってきたとき、それはひどい日本語でした。とにかくそのときはじめて日本の土を踏んだのですから。でも日本での生活がはじまっていくと、とても不思議ことですが、なにか忘れていた言葉がよみがえっていくような、なにか無意識のなかにたっぷりとひそんでいたものが、ごく自然に意識の世界にじわじわとにじみでてくるように思えたのでした。
 
 それはやはり父と母の影響、とくに父は私にたくさんの日本語の本を読んでくれた、そんな蓄積があったことはいうまでもありません。そしてさらにその奥には、まぎれもなく私は日本人であり日本人の血がながれているのであり、そのことをはっきりと気づかせてくれたのでした。しかしそれでも、いつも母国語は英語なのだという思いがあり、日本語は第二の言葉にすぎないという、どこか冷たい距離をおいたようなところがあったのです。でもあなたと出会ってから、私は日本語をつよく意識しはじめたのです。いまこの地で、日本語と真っ直ぐにむきあっているようなところがあるのです。私は根無し草ではなく、まぎれもなく日本人であり、いま日本の港にかえっていくために英語を書いているのだと。英語のタイプを打ちながら、その英文のそこにある日本語をいまほどはげしく意識したことはなかったのです………》
 
 あるいはまた別の手紙ではこう書いてきた。
 
《………それはまるで色情狂の手によって書かれたもののようなのです。全ページこれ性描写であり、性というものをいたぶる描写が延々と続くのです。そういう種類の資料をあさるたびに、気分が悪くなるのですが、これが魔女裁判の本質である以上、目をそらすわけにはいきません。魔女裁判の核心は性にあるのです。どの資科をとっても性に関する記述のないものはなく、ある文書などは全ページにわたって延々と性の描写です。それはすさまじいかぎりで、世に流布している禁断の書の比ではありません。なぜ女の性がかくも残酷にえぐられていくのでしょうか。なぜ女の性だけが、野蛮な攻撃を浴びるのでしょうか。女の性が妊娠と出産という神の仕事をするからでしょうか。
 
 ここで私は一つの冒険をしようとしています。例のヨーロッパの魂は、影をつくることによって、光をつくりだしてきたという仮説を。性を濃く強くぬりこめる、すると天上からかすかな、しかし信じられないほどのやわらかい光がふり注いでくるのです。事実、この時代の絵画や彫刻やさまざまな文芸作品は、性に新しい光をあてているのです。それはまるで最初の性の解放の時代だったようにみえるほどです。魔女裁判によって、性を黒くどぎつくぬりこめていく。その一方でまったく新しい光をあびて性が解放されていく………》
 
 またある手紙ではこう書いてきた。
 
《………大量の魔女は拷問によって生れたのでした。あたかも商品を、工場で、機械によって生産していくように、魔女をつくりだしてきたのです。工場が裁判という制度なら、機械は拷問です。その拷問の残酷さは目を覆うばかりです。その残酷さのなかにわけいるとき、そこにいやでも先の大戦のユダヤ人虐殺を思わずにはいられません。ゲーテやバッハを生んだ精神がナチズムという嵐をつくりだしていく。その論理、その力動、その狂気、その雰囲気が魔女をつくりだしていく過程とおどろくほどにているのです。というよりも、魔女狩りという歴史的基盤があったからこそ、あの大虐殺が可能だった、あるいは魔女狩りという歴史的蓄積の産物なのだと思わずにはいられないほどです。
 
 自然のなかでは、光がなければ影はできません。影が光をつくるなどということはありえないことです。しかしヨーロッパは、影を濃くすることによって、光をより強くするという絵画理論のように、影が光をつくりだしてきたのです。例えばヒットラーの野望は、世界を征服することでした。その野望のむかうところは、外側の世界にあったはずです。ところがナチズムはその最初の大きなエネルギーを、ユダヤ人虐殺という黒い影をつくることにむけたのです。何代にもわたって住み続けたユダヤ人は、ドイツの一部でした。いわば体内の一部であるユダヤ人を迫害し、熱狂的に虐殺することによって、ナチズムは新生の力と光を浴びたのでした。その力をさらに増すために、より徹底的に、より大規模に狂気の虐殺をくりひろげていく。
 
 これとまったくおなじ光景をプロテスタント運動が発生して興隆していった時代にみるのです。魔女狩りが生起する数は、ゆるやかな上昇曲線を描きながら、中世へとながれこんでいくのですが、それが急激なカーブを描いて絶頂の高さに向かうそのさなかに、ルターやカルビンに率いられたプロテスタントの改革運動が発生するのです。旧教的思想、旧教的信仰、旧教的教会から解放という戦いが。この新教運動は魔女裁判をどうみたのでしょうか。その残酷さ、その野蛮さゆえに反キリスト教的行為として非難したとでもいうのでしょうか。実際はまったく逆でした。この新しい光である新教の運動は、旧教がつくりだした魔女裁判に、新しい思想、新しい道具、新しい情熱で立ち向かい、さらに残酷にさらに大規模に魔女狩りをくりひろげていったのでした。それは新教が、あたかも新しい力のダイナモとして魔女狩りを利用したようにもみえるのです………》
 宏子はそんな仮説をいくつも書いてきた。それらの手紙を読んで、その仮説の斬新さ、その試みの大きさにぼくはひどく驚いだのだ。彼女はたしかにヨーロッパという巨大な精神と格間しているのだった。倒すか倒されるかの。
 ぼくの手許に彼女からきたもっとも新しい手紙があった。それはちょっと元気のない手紙だった。どことなく力を失っていて、涙ぐんでいるような雰囲気があった。ぼくにはもう手紙を通してそんな彼女の感情がわかるのだ。その原因はぼくにあった。雑誌の締切りに追われて、ずうっと彼女に手紙を書いていなかったのだ。
 そのテーブルで宏子への手紙を書き続けた。久しぶりに書く手紙には力があった。言葉があふれでてくるのだ。ぼくの手紙は精液だった。彼女を勇気づける愛と力の手紙だった。
〈………君が組み立てようとする仮説は途方もないほど巨大であり、その巨大な仮説を一つづつ立証していくには、きっと気の遠くなるような時間がかかるはずなのだ。大きな仕事というのはゆっくりとすすめていくものだと思うけど。一粒の種が実りの秋をむかえるためには、四季をへなければならないように、君のなかにまかれたその仮説の一粒一粒をたわわに実らせるには、やはり長い年月をまたなければならないと思うのだ。だからさ、あせることはないのだと思い……〉
 と書きすすめ、君の仕事はおそらく五年十年と続くのであって、それならばなにもロンドンではなく、この東京にもどって書き続ければいいのだと続けたが、そこは消してしまった。
 裏通りにある小さな郵便局にいって、その手紙を航空便にした。そして大通りに出て人混みのなかを歩いていると、糸杉のような細い雨は力つきたのか、雨はきれいにあがっていた。ぼくはそのとき、宏子の声が聞えたような気がした。手紙、ありがとうという声を。
 その日の夕方、亜希子に会うために銀座に向かった。彼女の個展がKデパートで開かれていて、彼女はそこに用があるらしく、それならばというわけで、デパート前で落ち合うことにしたのだ。ぼくはまだその個展をみていなかったので、約束の時間より前に銀座に出て、七階の個展の会場に足を運んでみた。
 彼女の人気の高さを語るように、会場はとても混雑していた。亜希子はまだ三十を二つか三つしか出ていないのに、すでに銀座のデパートで個展を開くほどの人気作家になっていた。二年ほど前にほぼ一年間彼女にエッセイを書いてもらったこともあって、ちょっとした関係になっていたのだ。
 新作を中心に五十数点の作品が展示されていたが、彼女の絵はいよいよ幻想的になり洗練されていくように思えた。一点ごとに「夜のフーガ」だとか、「森の精」だとか、「白い朝」だとかいった洒落た題がついている。それらの絵はすべて女性の像だった。彼女は女しか描かなかった。なにか歌うような、すすり泣くような、あるいは不思議な笑みをたたえているような女たちが、一種夢のような幻想的なタッチで描かれているのだ。最近の絵の多くに淡いブルーの色調がかかっていて、女たちは青い神秘のベールのなかで見果てぬ夢をみているようだった。彼女の絵はさらに洗練されたが、なんだかそれだけもろく安っぽくなっていくようにぼくには思えた。
 閉店時間になって、追い立てられるようにデパートをでると、彼女と待ち合せた銀座通りに立っていた。ネオンの交差するきらびやかな風景こそ銀座の顔だった。大通りをよどみなく流れていた車が止まり、信号が青になるとまた流れ出していく。ぼくの前にジャガーが止まって、軽くクラクションがたたかれた。見るとサングラスをかけた亜希子が手を振っていた。
 ぼくを乗せると、ジャガーは車の洪水のなかに、ちょっと気取って流れこんでいった。
「また車を買い代えたんですね」
「そうなの。すぐにあきるのね。でもこの車はあきそうにないわ」
 銀座通りを左に折れて、有楽町のガードを抜けると、ジャガーははじめてその精桿さをちらりとのぞかせ、吠えるように速度をあげた。
「なにか黒沢さんの絵は、青の時代にはいったようですね」
「みんなにそう言われるの。でも意識して青を使ったわけではないの。でもああして並べてみると、無意識のうちにそれを求めていたということがわかったわ」
「青から次は黄色の時代にはいるかもしれないな」
「なあに、それ冗談なの。その次は赤だって言うわけ」
「いや、冗談ではありませんよ。ピカソみたいに」
「ああ、それはすごいわ」
 青山通りに出て、一丁目の交差点を左に折れ、公園を抜けたところにログハウススタイルのレストランがあって、そこでアメリカ直送のロブスターが食べれた。ぼくたちはテーブルに着くと、まずそのロブスターを注文したが、彼女はなんと四人前をたのんだのだ。
「すごい食欲ですね」
「これだけでもうあとはなにもいらないの」
 なるほどやってきたロブスターは、肉がしまっていてなかなかの味だった。そのこりこりとしまった味はビールによくあった。
「うん、なんにもいらないな」
「そうなの。なんにもいらないの」
 と彼女は言って、またがぶりとかみついた。
 それからゆっくり飲もうということになって、青山にある彼女の自宅にもどってきた。彼女の家は四階建のビルになっていて、一二階が家族の部屋で、三階に亜希子の部屋があり、四階の全フロアーがアトリエになっていた。そのアトリエは小さなホールといった広さがあったが、大小のキャンバスやら、イーゼルやら、絵具をいれた机や相や椅子やら、何台もの脚立やらが雑然と散らばっていた。なにやらペンキ屋の作業場といった雰囲気でもあったが、ぼくはその部屋が好きだった。そのアトリエは、いつもぼくを刺激し高揚させるものがあるのだ。
 その夜もそのアトリエに入っていくと、長大なキャンバスがぐるりと部屋を囲むようにたてかけられていた。そこにさまざまな表情、さまざまなポーズをした裸の女たちが描かれはじめていて、いま壮大な戦いの真只中といった様子だった。
「その絵ね、はじめての壁画なの」
「それはすごいな。どこに飾るんですか」
「新宿にできるH社のビルに。十一月にビルができるから、十月いっぱいに完成させておかなければならないの」
「いよいよ黒沢画伯ですね」
「なあに、それ?」
 と彼女はぼくにグラスにわたすと、ぼくの横に足を投げ出して座った。
「ここにくると、いつも創造力をかきたてられるな」
「それはうれしいわ」
「なにかをはじめなければならないってね。実際、ぼくはなにもしていないわけだから」
「だって、あなたたちは、毎月雑誌を出しているわけじゃない。それは創造じゃないわけ」
「あんなものは、創造のうちにはいりませんよ。手にとってぱらぱらとめくったら、もうあとはゴミ箱か、ちり紙交換屋に直行するたぐいのものですから」
「あなたの雑誌って、その程度のものなの」
「どんな雑誌も、その程度のものですよ。締切りがあるからページを埋めていくといった安っぽい仕事しかしていないんだ。そういう仕事しかできないんですね」
「それは締切りがあるから?」
「それもあるな」
「でも締切りがあることによって、人間って創造的になれるってことがあるのよ。締切りによって創造を完結させるということ」
「そういうことありますね」
「制約って、人を創造にかりたてるものよ」
「しかし一か月という時間では、安っぽい仕事しかできませんよ」
「一か月もあれば、たくさんのことができるんじゃない」
「雑用がまたうんざりするほどあってね。編集者っていうのは雑用係でもあるんですよ」
「その締切りとか、雑用とかいうものが、エネルギーになるってことがあるものよ」
 彼女はぼくの膝の上に手をのせていた。彼女はいつもなにか誘いかけるような親しさをみせる。ぼくたちのあいだには、危険な匂いというものがただよっていたのだ。
「パリには、画家の卵というか、画家くずれというか、そんな人間がたくさんいるわけよ。みんなお金なんてないのね。それでも生きていけるわけ。何年でもパリでだったら生きていけるの、不思議なことに。私も最初はそういう人たちのなかで生活していたけど、だんだん底がみえてくると、これはちょっと違うなって思いはじめていったのね。あり余る自由と、なんとか生きていけるという安易な生活が、ずるずると彼らを減ぼしていくのよ。それは絵はうまくなるかもしれないわよ。たしかにうまいわけよ。でも力がないの。絵に力がないの。生の輝きというものを、だんだん失っていくわけ。そういう人たちみていて、ああなる前にパリを立ち去ろうって思ったわ。そして二年間という制約をはめて、その時間のなかでやりたいことを全部やってしまおうってね。その二年間、それこそものすごい勢いで描き続けたものよ。それこそ一日に何枚もって調子で」
「それはすごいな」
「あの二年間は、いま振り返ってみると、やっぱり異常な時期だったと思うわね。パリっていう街は、なにか人を熱狂的にさせるの。なにかに憑かれたようにぐいぐいと惹きこまれていく。あれがやっぱりパリなんだと思うわ。パリのもっている魔性的な力なのよ」
「もしパリにあと一年か二年かとどまっていたら、黒沢さんは発狂していたかもしれないな」
「ああ、そういうことになっていたかもしれないわね。とにかくちょっと信じられないくらいに熱狂的に描き続けたものよ」
 ぼくも彼女も気持ちよく酔いはじめていた。ぼくたちはまるで恋人たちのようにぴたりとからだをつけて話しているのだった。その親密さというものは以前からあって、ぼくたちは何度かその危険な線を踏みこえてしまいそうなときがあったのだ。
「いつも不思譲に思うことだけど、なぜ黒沢さんは女しか描かないのかな」
「女しかかけないのよ」
「そうかな。黒沢さんは、男だって描けると思うけど」
「あら、どうして?」
「男のことがよくわかっているみたいだからさ」
「男の人をよく知ってみたいってことはあるわね」
 と言って、彼女はまたぼくの脚の上に手をのせた。ぼくはその手をとると彼女は指をからめてきた。
「でも、やっぱり駄目だわ」
「そうかな」
「野蛮で、攻撃的で、不毛なのよ。攻撃することと破壊することしか知らないのね」
「建設することだってやりますよ」
「でもそれは、破壊するための建設なのよ」
「女だって、攻撃的で野蛮で破壊的だって思いますね」
「そうだしても、女は許されるの。女は新しい生命を生みだすことができるんだから」
 亜希子にはパトロンという人物がいて、その男の愛人なのだという噂をぼくはほとんど信じていた。そう考えれば彼女がこんなに若くしてこの世界にデビューしたこともうなずけるのだ。ぼくがその一線を踏み越えることをためらってきたのは、その噂にもあった。もしぼくたちが新しい関係に落ちたら、そのパトロンにいやでも直面することになるのだ。そのことがひどく汚れたわずらわしいことであり、そんな面倒なことに陥りたくないと思うのだった。
「女って無限なのよ」
「男は単純なんですかね」
「そうよ。男って、結局、単純で単細胞なのよ」
 亜希子のからだに手をまわすと、彼女はぼくの肩に頭をのせてきた。彼女の吐息がぼくを息苦しいばかりに熱くさせる。
「前からあなたとは、ある予感があったの」
「どんな予感ですか?」
「ある関係になること。あなたはそう思わなかった?」
「ええ」
「そんな関係になるって素敵じゃない」
「うん」
 それはくらくらするばかりの熱いキスだった。彼女の手が乾いたぼくの肉体を熱く焦がしていく。彼女のからだはやわらかく、冷たく、すべすべしていた。ぼくの乾いた手は、まるで水を求めるようにおそるおそる亜希子のからだのなかにはいろうとしていた。宏子の悲しげな叫びが、聞こえてくるようだった。
「どうしたの?」
「ベつに」
「なにか気になることがあるわけ?」
「いいや」
 心のなかをさとられまいと、亜希子を乱暴にだきしめ、あらあらしく唇を重ねた。ぼくは分裂していった。どんどん分裂していった。ぼくの底で性の火があかあかと燃えているのだ。
「やっぱり駄目みたいね」
「そんなことはないよ」
「いいのよ。もうやめましょう」
 彼女は冷たくなって、ぼくから離れていった。それはまるでもう飽きてしまった玩具かなにかを放りだすような冷酷さだった。
 裏通りを抜けると、すぐに青山通りにぶつかる。大通りは車がはげしく流れている。空車ランプをつけたタクシーが、吠えるように都心にむかって飛んでいく。
 ぼくは渋谷の駅まで歩くことにした。このねじれた心を冷やそうと。いったいどうしたというのだとぼくは自分に言った。ぼくたちは今夜一つになろうとしていたのだった。それは昼が夜になるように自然なことだった。その自然の流れを、ふとよぎってきた宏子が断ち切ってしまった。宏子への新しい憎しみが噴き出してくるのだった。君がぼくを置き去りにしたからではないか。亜希子と一線を踏み越えなかったのは、君への忠誠からではない。ただ勇気がなかっただけなのだ、とぼくは自分に言った。


 


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